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転生先は呪いのゴミ捨て場?

第二章

目を覚ますと、辺りには奇妙な景色が広がっていた。人間だけでなく、獣の耳や尾を持った者たちや、まるで妖精のように小柄な種族も歩いている。

背の高い塔や、土壁の古い建物が立ち並び、まるで中世ヨーロッパのような街並みを思わせるが、鮮やかな魔法陣が路面に描かれ、あちこちに漂う紫色の靄が異世界である証拠に違いない。

そんな不可思議な光景に見惚れていると、いつの間にか白い衣を纏った細身の老人がそばに立っていた。手に握られた杖は結晶石のように透き通り、先端から時折、小さな光が漏れている。鋭い眼光ではあるが、その奥には何か慈悲深いものを感じた。

「やっとお越しになりましたか。ようこそ、ネイヴァル王国へ。あなたには待望の“呪詛廃棄士”としてお力を貸していただくことになりますよ」

唐突にそう告げられ、俺は頭の中にクエスチョンマークが渦巻くばかりだった。

『呪詛廃棄士』

聞きなれない言葉だが、それ以前に“ネイヴァル王国”やら“魔力”やら、何もかもが理解の外だ。とはいえ、白い空間で出会った“あちらの存在”の言葉を思い出すと、どうやらここが俺の“新しい世界”らしい。

「すみません……あなたは?」

「わたしは王室付の大導師、シャーレンです。“こちらの世界”の人手不足を解消するために、あなたを招いた者の一人と言えばいいでしょう」

そう言うとシャーレンは、どこからか取り出した羊皮紙の書類を手に、俺をじっくりと観察した。さっきまで立っていたゴミ収集車の後部ステップの感覚はもうどこにもない。

自分は確かに転倒して、頭を打ち付けたはずだが……いまはこうして意識がはっきりしている。この現実離れした街の騒がしさが、そのまま俺の鼓膜に届いているのだから不思議だ。

「“呪詛廃棄士”として、あなたに働いてもらいたいんです。この国では、日々生産される魔力や呪いを帯びた物品の処理が追いつかなくなっている。使い捨ての魔法具や、実験の失敗作に残った負の魔力。それらの“呪詛”を適切に扱わなければ、国中が危険にさらされることになるのですよ」

シャーレンは言葉を切り、遠くにそびえる塔を見やった。目を凝らしてみると、塔の周りの空気が微妙にゆがんでいるように見える。廃棄しきれない呪詛の残滓が、視界に蜃気楼のような歪みをもたらしているのだろうか。

その異様な光景を目にすると、単なるファンタジーの町というより、どこか緊迫感すら漂っている。

「でも俺、魔法なんて使えません。ただの……前の世界のゴミ収集作業員なんですよ?」

「それがむしろ都合がいいんです。魔力に左右されない冷静な判断力、そして有害物を扱う際に必要な安全対策のノウハウ。あなたは前の世界で、危険物の仕分けや分別に慣れていたと聞いていますからね」

確かに、ガラスの破片や廃バッテリー、化学物質の詰まった袋など、俺は厳重に気を配りながら回収していた。ほんの小さな注意不足が、怪我や火災に繋がることもある。

そう考えると、呪詛廃棄士が求められるスキルは前の世界での経験と根っこが似ている気がする。しかし、相手が魔力やら呪いならば、比べものにならない危険を伴いそうだ。

「今この国には、呪詛が溢れ返っています。放置すれば呪いが暴走し、人々の生活を壊しかねない。かと言って魔法だけで処理するには限界がある。呪詛に引きずられ、廃棄士自身が呪われてしまうことも多くてね……」

そう語るシャーレンの口調には、わずかな疲労が混じっているように感じた。おそらく、ずっと“人手不足”のまま事態を凌いできたのだろう。俺は胸の奥にわずかな決意めいたものが芽生えるのを感じる。

このまま何もせず、ただ逃げるわけにはいかない。それに“別世界で助かる”と聞いて飛び込んできた手前、少しでも役に立ちたいと思うのも人情だ。

「俺で力になれるかはわかりませんが……やらせてください。前の世界で培った分別スキルが、何かの役に立つなら」

「頼もしい。その意気込みがあれば十分です。魔法を使えなくても構いません。むしろ魔力に依存せず、積み重ねた職人芸で作業してもらった方が安全な場合もあるのです」

シャーレンはそう言うと、安堵の息を吐きながら微笑んだ。すかさず書類に何かを書き込み、まるで新入社員の入社手続きのように、俺の身元を“登録”していく。その一連の動作が終わると、彼は重そうな分厚い冊子を取り出して俺の手に押しつけた。

「これが“呪詛廃棄士 見習い用マニュアル”です。呪いの種類、廃棄ルール、そして簡単な浄化術式などが網羅されています。ただし、全部覚えるのは大変でしょうから、最初は必要なところだけでも理解しておいてくださいね」

ページをパラパラとめくると、膨大な専門用語とイラストが飛び込んでくる。魔方陣の描き方や呪いを封じ込めるための容器の形状、さらには呪詛品を取り扱う際の防護手袋の選び方まで細かく解説されている。

これ、まるで前の世界でいう“危険物取扱者の教材”と“魔術理論書”を足して2で割ったような内容だ。

「いや、これは……想像以上に専門的ですね。覚えることがいっぱいありそうだ」

「慣れれば大丈夫。とはいえ、初めて扱う分野だし、しっかり勉強するに越したことはない。もしわからないことがあれば、すぐに私か先輩の廃棄士に聞いてください」

シャーレンの言葉にうなずきながら、俺は新しい人生が始まる実感に打ち震えた。確かに危険は大きいかもしれない。しかしゴミの分別の技術を活かせるなら、これまでやってきたことも無駄ではない。

むしろ、俺の存在が誰かを救うのだとしたら……それは誇らしいことだ。

「そうそう、ひとつだけ。この国での暮らし方やルールについても、おいおい学んでいってください。おそらく最初は食べ物や通貨の価値観も違って戸惑うでしょうが……生活が安定すれば、呪詛処理にも集中できるはずです」

「わかりました。まずはこのマニュアルを読み込みつつ、仕事を覚えていきます」

言いながら、俺は街の通りをちらりと見渡す。軒先で店主らしき中年男性が、大きな袋を抱えて苦戦しているのを見かけた。何か重そうな魔法石でも入っているのか、それとも呪いを含んだ古道具なのか、俺には判断がつかない。ただ、助けを必要としていることは確かだろう。

「困っている人がいたら、少し手伝ってあげるのもいいでしょう。呪詛廃棄士の評判が高まれば、あなたの仕事も円滑に進む。そうやって信頼を得ていくのが大事なんですよ」

シャーレンに促されるように歩み出し、初めての異世界の町を一歩ずつ踏みしめる。石畳の感触がしっかりと足裏に伝わってきて、俺は今生きているということをひしひしと実感した。

無我夢中で駆け抜けた前の人生が終わり、新しい人生がここから始まる。まさに、そんな胸の高鳴りを噛み締めながら。

果たして、呪詛廃棄士という仕事はどんな苦難をもたらすのか。危険と隣り合わせの職業らしいが、俺がこれまで培ってきた経験でどこまで対処できるのか。疑問と期待が入り交じる中、シャーレンの背中を追うように、俺はネイヴァル王国の街並みの中へと足を踏み入れていく。

これから先、いったい何が待ち受けているのか――その答えは、分厚いマニュアルと、この街の人々との関わりの中で見えてくるはずだ。

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