【小論】ラベンダーブルガリアン精油のアロマを構成する栽培品種の探求。
えー、前述記事となるのが以下の記事。
この記事では、国際標準化機構(ISO)のコモンラベンダー精油項目3515:2002に存在するブルガリア産ラベンダー精油の品質基準をもとに嗅覚官能(アロマレビュー)を行いつつ論旨を展開している章がありますが、、、
今回はさらに焦点を絞って、ブルガリア産精油の香りの根源となっている『蒸留品種』について調べてみました!
BBCニュース「ブルガリアがいかにしてラベンダーで先頭に立ったのか」
●市販されるブルガリア産ラベンダー精油の香りは、優しく甘い!
フランス産の精油は栽培地特性あるいは10%ほど樟脳を含むラバンジンと同じ設備で蒸留が行われるケースもあるためか、フランス産精油の製品によって角を感じる、微妙にスパイシーさが際立つ、野生っぽさ、樟脳っぽさがアロマ・香りに出ているケースが多々あります。
おそらく精油の蒸留・製造工程が生産者ごとに差があるためではないかと考えられます。
対して日本市場でも多数の販売事業者から難なく入手できるブルガリア産ラベンダー精油ですが、おもしろいことにフランス産精油と違ってほとんどの製品の香り・アロマが比較的共通していて安定しているのです。
筆者の個人感だと、北海道産ラベンダーの香りに近く、華開くようなパワフルなアロマは弱いが、角を感じず、まろやかな甘さ、穏やかで優しいといった言葉がふさわしいアロマ・香りを持っているのがブルガリア産ラベンダー精油の特徴です。
鼻が利く人にとっては確実に違いがわかる2国産それぞれのラベンダーアロマは香りの特徴が分かれるにもかかわらず、ほとんどの精油販売事業者においてほぼ同価格での扱いとなっています。
これはアロマ製品の流通量と個人消費の拡大がつい最近の出来事で、用途が細分化されておらず精油市場がまだまだ黎明期にあることを意味しているのではないかと見ています。
この2国における同種精油の香りの違いはこんにちの私たちが手に取って感じ取れるラベンダー製品を特徴付けるおもしろい特性だと見ていて、理解できるとよりラベンダーの香りを楽しめるようになるアロマ的特徴・製品特性だと思っています。
では本題に進んでいきましょう。
▶︎ブルガリアにおけるラベンダー産業の起源と歴史
ブルガリア国内にラベンダーという作物が持ち込まれたのは1903年コンスタンチン・マルコフ氏によるとされています。しかしこの時点では産業としては根付かず一旦頓挫。(品種の由来地域は不明)
1925年にコンスタンチン・ゲオルギエフ氏が生き残っていた株を元手に産業化へ向けて繁殖。1964年までにカザンラクとカルロヴォ周辺に大規模ラベンダー農園が開設され、①1903年由来の品種②フランス由来の種子③イギリス由来の種子の3系統を用いたそうです。
(この事から現行品種のDNAは仏英2国の遺伝が交雑している可能性を示唆)
ソ連経済の主導の下で精油輸出による外貨獲得のために国営事業で蒸留・輸出が行われ、1970年代には栽培面積が7000haに拡大。
しかしソ連崩壊とともに産業も大きく縮小し栽培面積は1000haまで減少。 その後経済自立を果たしつつ栽培面積は1970年代水準まで戻っているようです。
ちなみになのですが、1964年に第3回国際エッセンシャルオイル会議がブルガリアの首都ソフィアにて開催されており、当時の香水業界では天然ラベンダー精油を用いた香水の開発競争が激しかった時代でもありました。
▶︎ブルガリアラベンダー産業の構造
ブルガリアのラベンダー精油産業は、現在であっても生産物のほとんどが輸出用となっているようです。
理由としては、自国内での香料需要のために栽培蒸留が開始されたフランスと産業成立の由来が異なっていて、ブルガリアは自国内にラベンダー生産物を原料として扱う化粧品産業が成立していないためであるとBBCニュースの取材によって明かされています。共産主義経済時代の影響が色濃く残っているようです。
■ブルガリア国内の産業品種の由来
上記の論文によると、
由来地域のソースまでは追えませんでしたが先ず1903年に導入された最古の株。
それから1960年代に移入し栽培が拡大したフランス種子からの実生株。
およびイギリス種子からの実生株。
これらが現在のオイル生産用品種の基になっているようです。
▶︎ブルガリアのラベンダー品種には英国品種の遺伝子が含まれる高い可能性
ラベンダー産業の競合国であるフランスとの大きな違いは、ブルガリアの現行栽培品種にはイギリス品種のDNAが含まれていることが示唆される点と考えられます。
フランスはコモンラベンダー原産地であるため国内栽培品種に英国品種のDNAは含まれず、日本の北海道伝統品種も歴史的にフランスDNAの純粋さが保証されています。
イギリスも大元を辿ればフランス・地中海沿岸由来のコモンラベンダーですが、1600年代から独自にブリテン島内で世代交代が繰り返されてきた品種特性を持っています。
『ラベンダー (Lavandula angustifolia mill.) 品種および育種系統の遺伝的多様性評価のための SRAP マーカー』(和訳)という論文を参照すると、論文中に図示される国内栽培種と英国品種との品種間遺伝距離を示した図を見ると、英国品種群:FVのクラスタに最も近い分岐点を持つブルガリアの精油生産品種は'D1', ‘Druzhba’, 'S1', 'Jubileyna', 'Hebar', ‘Sevtopolis’らが英国品種に近い遺伝系統品種であることが示されています。
そして、おそらくフランス由来の遺伝割合が大きく、最も英国品種と離れているとされる栽培品種は'Hemus'であることも示されています。
『ブルガリア産ラベンダー精油サンプルの化学組成と薬理効果との比較分析』(和訳)という2023年6月に公開された成分解析論文を参照してみると、栽培品種'Hemus'は他の品種に比べてリナロール&酢酸リナリルの精油含有量がひときわ多い特徴を持つようです。
すなわち、精油の香りがよりリナロール/酢酸リナリルに偏ることを意味しています。
■ブルガリア現行の主力栽培品種
まず、『ブルガリアにおけるラベンダー栽培 – 21世紀の発展、育種の課題と機会』(和訳)という2016年の論文を探ってみます。
この論文に調査試料として用いられている現行の産業用ラベンダー品種は6品種登場しています。
次に、『ラベンダー (Lavandula angustifolia mill.) 品種および育種系統の遺伝的多様性評価のためのSRAP マーカー』(和訳)という2020年の論文を探ってみます。
この論文に調査試料として用いられている現行の産業用ラベンダー品種は7品種登場しています。
上記2016年の論文と比べて1品種'Karlovo'が新たに加わっています。
続いて、『ラベンダー品種のいくつかの農業成績の調査』(和訳)という2021年発表14~17年調査の論文を探ってみます。
この論文に調査試料として用いられている現行の産業用ラベンダー品種は4品種登場しています。
なお文中で明示されていますが、調査時期は2014〜2017年とラグがあります。
次は一転して国外・ルーマニアの『エッセンシャルオイルの品質を重視した ラベンダー ( Lavandula angustifolia Mill.) 作物と製品の現在の傾向』(和訳)という論文でまとめられているブルガリアの主要品種から探ってみます。
この論文に調査試料として用いられている現行の産業用ラベンダー品種は4品種登場しています。
どうやら資料引用元の論文が、上記2021年の論文であるためでした。
■ブルガリアでの次世代試験品種
2020年の論文では主力栽培品種のほかに、品種名が与えられていない試験品種ナンバーの試験品種が確認できています。
上記論文のブルガリアの品種開発の傾向としては精油品質の向上にあると考えられ、常に安定した高品質なエッセンシャルオイルを生み出せるフランスの主力栽培品種Mailletteのように、次世代品種の作出を目指しているようです。
■総論・まとめ
今回の論文を引っ張ってきての比較ではGC-MSなどによる含有成分の比較考察までは行なっていませんが、ラベンダーブルガリアン精油のアロマ・香りを生み出している固有の栽培品種の存在がわかりました!
少なくとも2015年以降にブルガリアで蒸留生産されたラベンダー精油は主として上記の品種らによって生み出されているということが言えると考えられます。
そして、他東欧各国などのようにフランスから移入した品種MailletteやラバンジンGrossoなどは精油生産の現場では扱われておらず、ブルガリア独自のコモンラベンダー品種のみによって精油を生産していることもわかりました。
これらの各論文から得られた事実は、ブルガリア産ラベンダー精油の品質を語る上での重要な情報となることが言えるかと思います。
その甘く穏やかで優しいアロマが特徴的なブルガリア産ラベンダー精油の根源を探ってみるちょっとした専門的な回でした!