【蒸留日記vol.66】ベニバナセイヨウノコギリソウを蒸留してみる実験回!
こんばんは!青の魔術師、エフゲニーマエダです。
さてさて、青を象徴する「空」の字を冠する北海道かの地方で、6/8より青を作り続けているおいらです。
ほぼ毎日青を作り続けてきて、いろいろとわかってくることがありました。
今回はその1つを形にしてみせてレポートとしてまとめてみよう、という実験蒸留回でっす!
■Achillea millefolium var. Rosea
白い花が印象的なセイヨウノコギリソウですが、こういった紅花種も存在しています。
園芸品種だけではなく自然界のセイヨウノコギリソウでもごくまれに紅花個体が発生するようで、var. Roseaと学名が振られていたりします。
ここ北海道でも、ある程度個体数の多い野生化したセイヨウノコギリソウ群落(achilée millefeuille sauvage)のなかで、ごくたまにピンク色味がかっている花・個体を見つけることができるのです。
そういった自然発生した紅花個体を選抜改良することで、花色の鮮やかな園芸品種が作られるワケなんですね。
学名で表記するとAchillea millefolium var. Roseaとすることができ、和名はベニバナセイヨウノコギリソウとなります。
セイヨウを欠いたベニバナ"ノコギリソウ"と表記・検索すると、また別種のAchillea alpina/A.sibiricaの紅花種が出てくるので注意が必要です。
紅花種は基変種の白花セイヨウノコギリソウ(var. Alba)との交配度合いによって濃淡を調整することができるので、今日までに多くの園芸品種が生み出されています。
上記写真は蒸留実験用に購入した花色が特に濃い園芸品種レッドベルベット。
ver. Roseaの特徴⒈ 茎が赤い?
そこまで花色は濃くないものの、茎の赤さが目立つ個体ら。
これは根元は同じ1本の茎ですが中央に伸びる主茎は白花が開き、側面に出る茎からは桃色の紅花が開いている個体。
赤変の遺伝を持つためか、白・紅ともに茎がやや赤っぽい様子。
これは白花の根と色の濃い赤花の根が絡み合っているのか、それとも同じなのか、濃紅色花と白色花が同じ場所から出現している株。
花びらの赤色が強くても相じて茎色も濃く赤くなるわけではないようです。
そして写真右に少し写る白花の茎もやや赤色に染まっているので、恐らく赤変するポテンシャル/遺伝子を持つのでしょうか。
var.Roseaの特徴⒉ 形質差異が大きい?
白花の数が紅花種に比べてひたすらに多いので数の差でそう思えてしまう懸念もありますが、どうも花穂形状に大きな差があるように思えるのですよ。
セイヨウノコギリソウは通常、というかほとんどが1本の主茎の頂点に散房花序が形成されます。
花穂はかなり頂芽部で形成される、のですが。。。
この紅花個体はかなり根元から花序の分散が始まっていて、なお主茎並みに茎が太いんですよね。明らか形質異常だろ…くらいは思えるシルエットです。
しかも1本2本だけではなく、、、
わりと数が多いんですよ。
参考までにいちばん右の1本はわりとマトモな花穂形状をしている紅花セイヨウノコギリソウなのですが、他の花穂は花序の分枝の位置がかなり低いんですよね。
「紅花に変化する」ということはなんらかしらの遺伝エラーなのかなぁ?と思えるような形状差異が認められています。
■希少な紅花セイヨウノコギリソウを集めて回る。
さぁロゼアを探しに旅に出よう!と闇雲に採取に出向いたわけではなく、数を重ねるうち何となく「ここらへんピンク花個体多くね?」と思い、目星つけていたエリアで紅花個体のみを採取します、しました!
あくまで実験蒸留の趣旨として、紅花となるDNAを持つ個体からは白花種と同様に青色色素が作られるか否か?を調べたいワケなので、ある地域に限定しての個体群調査という形になります!
帰化セイヨウノコギリソウの群生地域で実際に紅花種を集めてみると、セイヨウノコギリソウ個体総数の約1割程度しか紅花種が存在していないようでした。
とはいうものの、、、
採取する紅花個体の全てが均一に揃って同じ色というワケでもなく、見る人によってはかなり白花に近い薄桃色のvar.Rosea?も採取対象になるワケです。
えーとピンク色の濃さ、どっからどこまでが
ベニバナセイヨウノコギリソウに当たるの?
と疑問が湧き上がるワケです。
なので、わずかにでもピンク色成分が含まれていれば帰化野生種の紅花セイヨウノコギリソウ(A.millefolium var. Rosea)に含めることにしました!
■いざ蒸留!!
当日、ざっと群生地で集めることができた紅花セイヨウノコギリソウです。
これくらいの素材量があれば、モノとして精油を得ることができるでしょう!
ピペットですくい取れぬほど少ない!という懸念を脱することができる量だと思います。
手に持って寄せてみるだけでも優雅な出で立ちです。
希少なのでこのまま蒸留に使わず誰かにプレゼントしたくなるような気品さ。
せっかくなので色の濃い花茎をカラフェにさしてブーケにしてみる。
すごい絵になる美しさです。バラよりもアキレア派。
また日本の植物では見慣れない花の緻密さからか、ヨーロッパ感がすごい。壮観…
今回の蒸留で集まった素材量は2062からバケツ重量分920gを引いて1142gの蒸留となります。
蒸留部位はここ最近のトレンドである花のみではなく、全草蒸留です。
で、細切れにして蒸留釜にぶちこんでこんな感じ。
いざ釜を閉じて蒸留開始です。
■蒸留結果は…!?
驚くべき結果になりました、なったんです。
なんと上記の画像は抽出開始直後ではなく、蒸留開始から1時間経った時点の抽出精油。
ぜんぜん青くないのです・・・!!!!!
参考までに通常花色の白色セイヨウノコギリソウの蒸留のようすなんですが、抽出開始直後でもこのくらい青く染まるんですよ。
白花において、だいたいは抽出開始から1時間を過ぎた頃合いから青色が強まる≒カマズレンの抽出率が上がってくるのですが、、、
見ての通り、紅花は薄いまんま。
色が白花(var. Alba)の群青色とは異なって、紺色っぽく透き通っています。
これが何を意味するのかというと、精油の組成が白花とは明らかに違っており、カマズレンの含有量が恐らくかなり少ないことを意味しています。
蒸留素材全量に対して花部の割合が少なかったのか、紅花種(var.Rosea)はそもそも精油含有量が少ないためなのか、体感的に抽出率が低い感じがしました。
1.収油率
やはり低いですね。保存バイアルの溜まり具合から1mL以下で見積もっているのですが、それでも0.1%を切っているので、よほどの低さです。
通常の白花セイヨウノコギリソウだと0.12%ほどあるイメージです。
2.香りとか
香りもまた白花のやや重く感じるハーブ臭(カマズレン特有の香り?)とは異なっていて、どこかで嗅いだことがある香りなんですよ。
恐らく松/パイン系の香りに近い組成なんじゃないかと思っています。
■考察。
実際に紅花種だけを集めて蒸留をやってみたんですが、明確な結果の差が現れてエフゲニーマエダ自身かなり驚いてます。これはわからなかった。
かれこれ今年10回ほどこなしている白花種(var.Alba)の蒸留より抽出率が低く、青色の薄い精油が得られたという事実から、紅花種の特性がいくらか見えてくる感じがします。
1.紅花種は青色を含んでいない可能性
まず紅花変異種(var.Rosea)は少なくとも青色精油/カマズレンの含有量が低い可能性が推測できます。
蒸留素材の採取地では白花と混生している状態で、おそらく隣同士の紅x白での花粉交雑が起こっていない事の否定ができないんですね。
少なくとも採取地では、紅x白同士で混じり合うことで紅花種のグラデーションが生まれていると考えることができるのです。
したがって、遺伝的に青色精油/カマズレンを多く含むと考えられる白花種に遺伝距離が近くなるとカマズレンの濃度も上がると考えられるのです。
ということから、究極ピンク色の強い品種だけを蒸留すると、ほぼ青色を呈さない透明な精油になるのではないか?とも予想できるんですよね。
2.紅花変異は個体が減っていく方に進化する劣性遺伝の可能性
これは紅花種の数の少なさと、低含有のカマズレン(防虫/忌避成分)と、白花種のように大きい個体がほぼみられないことから、紅花種は存続能力が低く数が減っていく方に進化する劣性遺伝の性質があるのかなぁと予想しました。
というのも、カマズレンがいかに昆虫類を忌避するのか?というと、花部に多く含まれているという事実がそれを物語っています。
しっかり部位ごとの成分含有率を調べた論文もあるのですが、そもそも論で世代交代のために種子を製造する重要な部位である花部-Flowering Topは、植物にとって何としても守り抜きたい部位であることはわかると思います。
そのため、植物によって花粉媒介虫を寄せ付ける成分を発したり、風種子散布ならそもそも虫を寄せ付けない成分のみを作ったりなど、花部で特に防虫・好虫成分を作ることが知られています。
というように、樟脳とともにカマズレンも花部で特に作られるワケなんですが、、、
紅花種は特段カマズレン(青色)が少ないようなのです。
カマズレンが少ないということは、虫害リスクを上げること他ならないワケです。
次に、白花種のように健全に育つ個体が少ない=形態異常個体が多く発生しているという事なんじゃないか?とも思えるワケです。
特に個体サイズが白花種に比べて小さいものばかりということは、花冠が小さいので種子の製造能力もそれだけ低下することになります。
ざっくり述べると、生存能力が低いということに繋がるワケなんですよね。
というような実験結果が得られた紅花種の実験蒸留回でしたっ!!
◻︎追記。こんな23年の論文をみつけた。
7/1リサーチゲートを論文サーフィンしてたところ、まさかまさかの俺と同じ紅花のセイヨウノコギリソウの抽出成分解析を行ったイタリアの論文を発見。
紅花種は薄・濃色花総じて白花種とガッツリ精油組成が変わるらしく(特にピネン、シネオール等)、しかも俺の鼻は6/25時点でその組成の特徴(マツ精油っぽいなど)をしっかり探り当てていたことだ。
なんというか、俺の鼻&脳みそスゲェってなった件なのでした。
https://www.semanticscholar.org/paper/Chemical-composition-of-essential-oils-produced-by-Judþentienë/eb9372ab4c25195bb5d1add49772c5c1cc1ac1e7
引用文献などを漁って過去の研究を辿っていくと、北欧バルト三国のリトアニアにてわりと古い年代からA.millefolium精油品質についての研究がわりと盛んに進められていたようです。
上記は2004年の研究論文なのですが、ピンク花アキレアのみにスポットを当てた研究のひとつで、結果は白花種に比べてボルネオール及びカマズレンケモタイプが極端に少ない事が判明しているようです。
追記。さらにこんな論文発見。
発行年代はやや古い2010年のリトアニアでの研究論文なのですが、この論文の3.結果と考察にて「野生個体群生育地において3~10%の割合で赤花変種が出現する」との記述をみつけました。
白花タイプが基本となるセイヨウノコギリソウにおいて、野生環境下においても3~10%の確率で赤花個体が出現するようなのです。