#018 『Remember記憶の科学』/リサ・ジェノヴァ (著) 〜「記憶」の本質とその不完全性と、美しさ。
『Remember記憶の科学』リサ・ジェノヴァ (著)
こちらの本を読み終えました。
すごく興味深く読み通すことができた。
「記憶」に関する科学的な視点で書かれた一般書としては、かなり優れた内容だと思います。
なぜ「記憶」に関するこの本を読もうと思ったか。
それは、僕が所属する読書コミュニティLectioの純文学の読書会にて、村上春樹さんの『ノルウェイの森』を読んだのがきっかけです。
『ノルウェイの森』の冒頭は、主人公のワタナベ君による語りによって物語が始まります。三十七歳になった「僕」が、二十歳の大学生の頃に愛していた(そして死別した)直子のことを思い出しながら、今、文章を書いているという設定なのです。
この小説は「記憶」や思い出すことや、「書くこと」とは何かということを深く考えさせる。例えば冒頭の一節を引用すると、こんな風に語られています。
とても誠実でリアリティのある書きぶりです。小説の冒頭として素晴らしく読者の気持ちを引き寄せる力があります。
そして僕は、この作品を読むことで「記憶」ってどういうものかを考えたくなったのです。文学作品が好きな僕にとって、それは本質的なテーマに違いないと思うのです。
つまり、物語ることは常に「誰かの記憶を物語る」ことなのだと思います。
そしてこの『Remember記憶の科学』を読むことで、「記憶」にまつわる科学的な観点での理解を深めることができました。
僕が『ノルウェイの森』から興味を抱いた「記憶」の側面については、本書の第2部の「7起きたことの記憶は間違っている」において、すごく刺激的な内容を知ることになりました。
それは「記憶の初期バージョンは失われてしまう」という事象です。
僕たちは、エピソード記憶を想起するたびに、高い確率で記憶を変えてしまうというのです。
オリジナルの「記憶」は、思い出すたびに変更され、上書きされてしまう。
さらに伝言ゲームのように変容していくのです。
『ノルウェイの森』のワタナベ君のように「記憶」が薄らぐことを自覚しながら、それでも「骨でもしゃぶるような気持」で書く。けれども「書くこと」はどういうことをもたらすのか? 本書の次の引用を読むとさらに驚かされます。
いや〜、ショックです。
僕はこの科学的な事実に、なんとも言えない悲哀を感じました。
僕らが素朴に思っている以上に、「記憶」とは不完全なものなんですねえ。
ワタナベ君がいくら一生懸命に「記憶」を掘り起こして書こうとも、その書くことは、オリジナルなるものの喪失をもたらすということになります。
それでも書くしかないわけです。ただ想起して思い出すだけでも変容していくわけですし。
書くことは、オリジナルな記憶の中から、何かを強化することでもある。何かを選ぶ一方で、何かを選ばないで削ぎ落とす行為です。
愛する人の死を忘れたくないという思いにとっては悲哀に満ちた寂しさを禁じ得ませんが、残された人が生き続けるということは、「記憶」の上書きをしながら、自分だけの物語を最後まで変容させ続けることに他なりません。
そう思った時、僕にとって文学作品がよりリアリティを持って現象するようになりました。それは無常の世界の中で、「記憶」を言葉にしながら生きる人の「美しさ」を読むことです。
純文学の器はものすごく大きくて深いので、こういう科学的な知識も取り入れると、より一層立体的に作品像が立ち上がってきます。
そういう点でも、『Remember記憶の科学』は有意義な内容でしたし、著者のリサ・ジェノヴァさんは神経科学者であり、かつ小説家でもある(『アリスのままで』など)というから驚きました。それもあってか、この本の語り口もとてもフランクで魅力的な文章でした。
本書は親切にも、「まとめ 記憶のためにできること」という章を設けていて、記憶力向上のための16個のポイントが整理されている。それをリストしてみました。(詳細は本書をぜひお読みください)
注意を払おう
視覚化しよう
意味を付加しよう
想像力をはたらかせよう
一にも二にも三にも、ロケーション
個人的なものにしよう
ドラマを追い求めよう
違うことをしよう
練習が完璧を作る
想起のための強力な手がかりを十分に用意しよう
ポジティブでいよう
記憶を外在化しよう
文脈が肝心だ
リラックスしよう
睡眠をたっぷりとろう
名前を覚えておきたいときは、ベイカーさんをパン屋さん(ベイカー)さんにしよう
以上が、ポイントのまとめです。それぞれが、本書を通読すると深く理解した上で日常的に意識しようと思えるものです。
「記憶」を強化したい人や、何か学習をしていて記憶の効率を高めたい人にも本書は十分役に立つと思いました。
例えばですけど、僕が何か資格試験などの勉強をするとしたら、上のいくつかのポイントを使ってどのように勉強するか考えてみました。
まず、テキストとか動画視聴の講義などで勉強する時は、めちゃくちゃ集中して注意を向けます。マルチタスクや気が散るものは排除して、学習対象の情報にフォーカスします。注意を向けたものしか記憶できないからです。
そして図解とか表があったら、じっと見て理解します。目を瞑って思い出したりして「視覚化」しながら記憶します。
また自分で意味を説明できるようになるまで理解します。知識の大事さや価値を深く感じるように意味化します。その時、極端だったり奇抜だったりする想像をしても良いと思います。
個人的な経験やシミュレーションと結びつけてもより良いでしょう。誰かに知識を教えてあげるとか、自分の重大な経験の記憶と関連させるのも良いでしょう。自分事にすればするほどリアルに記憶に残ります。
あとは自己テストとか、過去問などを繰り返しやるでしょう。反復すればするほど記憶は定着するのは鉄板ですね。完璧に覚えている状態からでも、さらに反復して練習します。
他にもコンディションを整えます。ポジティブに考えるようにします。テストに必ず受かるはずだとか。自分は記憶力が良いのだとか思い込む。あるいは勉強や学習テーマが好きで面白くてたまらないと思うと良いかなと思います。
あといらない心配事は極力しないようにする。仕事上のゴタゴタとか、人間関係のトラブルなどのストレスを最小限に和らげるよう訓練します。瞑想とか運動とか健康的な食事などにリソースを振り分けて、怒りとか心配のストレスを持たないようにします。リラックスした生活を送って学習に専念します。
そして夜は早めに就寝してたっぷり睡眠をとります。朝の頭が空っぽの時にしっかり勉強時間をとります。昼にはパワーナップ(20分の昼寝)などして海馬をリセットすると尚良いでしょう。
これが僕が本書を読んで考えた、学習する時の理想的な生活の仕方ですね。
そして、僕はこの読書感想ブログを書くことによって、「記憶」に関する知識をまさに「記憶」しておこうと思っています。理にかなっているでしょ?
最後に、「アルツハイマー病の予防」についての章から、とても気に入った箇所を引用いたします。著者のリサさんは、祖母や友人のグレッグなどの患者さんとの関わりから、三つの大切なメッセージを教えてくれました。
時に、アルツハイマー病や認知症は、僕ら自身や僕らの大切な人の記憶を奪ってしまう。それは本当に絶望的に恐ろしいことです。
冒頭で『ノルウェイの森』から僕が感じたように、人生とは私自身の記憶であり、自分だけの物語りを生きることです。誰かを愛していた、愛しているというのも記憶の中にあり、誰から愛されている(いた)という記憶もかけがえの無いものです。
その記憶を失うことは、アイデンティティを失うことに他なりませんが、アルツハイマー病になってしまっても、人生は続いていきます。愛と喜びの感情は失われない。私たちの存在の価値は、私たちの記憶とは別に、ただそこに、ずっとあり続けると考えて良いのだと思いました。
とても素敵な本に出会えて、心から感謝したいと思います。
皆様にも、お薦めいたします!
では!
読書に興味がある方は、読書コミュニティLectioに参加してみてはいかがでしょう!いろんな本や人や経験と出会えますよ!素敵な出会いを楽しみにしております!