食いしばってはいけません
左の奥歯の詰め物が欠けた。
3年前くらいに虫歯治療で詰めた白い詰め物で、なぜかその治療後から、そこだけ、よく食べ物が挟まるようになってしまった。
食後は必ず糸ようじを使わないと気持ちが悪くて、年齢を経ればそういうものかしら?と諦めていたけれど、確実に不便を感じる日々。
歯医者さんに申し出ればよかったのかもしれないけれど、気弱が働いて、できずにいた。
先日欠けたところを詰め直してもらったら、今度は隙間が上手に塞がったのか、食事の都度、糸ようじを使わなくても大丈夫になった。
快適すぎる。
小さなQOLの改善って、たとえばこういうこと。
え?上下の歯って合わせないものなの?
欠けた理由は分かっている。
私は昔から食いしばり癖があって、ストレスがかかると寝ている間に食いしばってしまうようで、とくに左側の歯にトラブルが起きやすい。今回欠けたのも、左下の奥歯だった。
食いしばりを自覚したのは、15年前くらいだったか。
奥歯が痛くなって歯医者に行ったら、虫歯ではなくて、食いしばりが原因だ、と言われた。
「普段から上下の歯を合わせていませんか?」
そう歯医者さんに言われて、最初は意味がわからなかった。
(え?歯って合わせておくものじゃないの?どういうこと?)
小さい頃から、私の口の中は、歯をカッチリと合わせているのがデフォルトだった。
歯を合わせていないと、口がポカンと空いた、だらしない顔になりそうで嫌だったから、かもしれない。
「上下の歯は直接触れていないのが通常です。食べる時は食べ物が挟まるし、喋る時に一瞬触れる程度です。」
(そうなの?みんな歯は合わせてなかったの?本当?)
そんなの知らなかった。そんなの誰からも聞いてない。
私にとっては衝撃的すぎる事実。
「マウスピースなどの対策もあるけれど、寝る前に、食いしばらない、と自分で強く思うことがいちばん重要なことです」
(思うこと?それだけ?なにそれ?)
すこし怖めの先生だったから、それ以上詳しく聞けなくて、説明書きのペーパーと衝撃とたくさんの「?」を抱えて、帰った記憶がある。
「寝る前に、食いしばらない、と念じてください」
そのペーパーにはそう書いてあった。
マジか。
思い込みと、念じることと
小さな頃からの思い込みって本当に怖い。
とくに口の中のことなんて、他の人がどうしているかなんて知りようがないわけで。
件の歯医者さんに教えてもらうまで、私は30年近く、まったく知らずに、歯は合わせるものだと思い込んで、生きてきた。
ただ、それを知った後も、そんなに簡単には長年備わった癖が抜けるはずはなく、ふと気がつくと、上下の歯は合わさっているし、朝起きると、あ、食いしばってたな、とよく分かる日も少なくない。
他にもあるんだろうか。
自覚なく、見えづらいところで、他の人にとって当たり前ではないことを、思い込んで癖や習慣にしていることが。
痛みが出るとか、大きな不都合がなければ、もういっそのこと、知らずに生きていったほうが幸せかもしれない。
にしても、口の中の様子が違うことは難しすぎた、私には。
だから、あのペーパーにしたがって、私は今日も念じる日々だ。
「食いしばってはいけません」
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