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息を吸う場と息を吐く場

入社してから7-8年の間、毎年1名ペースで疲れてしまい休職→退職をされた方を見てきた。(8年目~辞める直前は減った感覚)
自分のチームメンバーが病んでいくのを目の当たりにして「自分は疫病神ではないか?」と落ち込んだこともあった。
ちなみに全員男性。

会社を去っていく彼らを見ていて思ったのは、
目の前の仕事に一生懸命すぎること。
見えている世界はその現場仕事だけだった。


辞めた後もFacebook等でつながりのある方のその後を見ると、とても生き生きと活動されている。稼業を継ぎながら地域活性化のためにメディア発信したり、本業のコンサルをやりながらSDGsのイベント企画やキャリアコンサルの活動をされている方もいる。
見事に復帰された方の共通点は、活動の場を複数持っている事。


私の伯父は、稼業の浮世絵師を継いだものの祖父ほどの実力や社交性がなかったこともあり、あまり仕事がないようだった。
家でのんびり本や漫画を読んで過ごしていることが多く、家族からは邪険に扱われていた。それでも彼はご機嫌だった。
彼が亡くなった後に知ったのだが、実は障がい者の方の活動支援をするボランティアに参加していたのだ。
彼が最期を迎えたのもそのボランティア活動中のことだった。
私は心の中で、とても納得した。
あれだけ家族に冷遇されてもへっちゃらだったのは、熱心に励む場を持っていたからだったのだ。


本人が望まない事が多いかもしれないが、
女性は年齢を重ねライフステージを経ていくにつれて、様々な場に顔を出す。期間限定の場もあるが、その場で意気投合した仲間がいれば数十年の付き合いになるケースもある。
私の母は弟の保育園時代のママたちと仲が良く、年1-2回誰かの家に集まって近況・悩み等を話していた。この互助会によって母は、毎朝6時起き10時帰宅の日々を乗り越えていた。


息を吸う場と息を吐く場。


心身ともに疲弊している企業戦士を見てきて思ったのは、
呼吸する場が一か所しかないということ。
過酷な現場は息を吐くのも憚られる。その空気感を身をもって味わったことのある人は思い出すだけでも息が詰まると思う。
特に頑張りすぎる人は、その場の空気を身体がパンパンになるまで吸い込み続ける。吸い込んだ空気を吐き出せず、結果として倒れてしまう。
せめて息を吸う場と息を吐く場、2か所を確保できればもう少し楽に過ごせるのではないか。


先日「スッキリ」を観ていた時に、加藤浩次さんが日テレアナウンサーの森圭介さんから「スッキリを辞めたくなることないんですか?」と聞かれた時に「あるよ。落ち込んだ時は、妻の膝枕で慰めてもらう」みたいな回答をしていた。
狂犬でも牙を休める場がちゃんとあることにホッとした。


良ければ、息を吐く場としてYoga Siestaを使ってもらえればなぁと思う。



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