BORN A CRIME を読んだ感想
わたしがコメディアンであるTrevor Noah を知ったきっかけは、2年前にインド英語のアクセントに慣れようとYoutubeでインド英語を検索をした時のことである。
その時にNoahのあるコメディの動画が出てきて、ブリティッシュ英語とインド英語のアクセントを巧みに使い分けながら見事に演じる彼に惹きつけられた。
また、話もわかりやすくて自然と笑いが込み上げてくる彼のユーモアに虜になった。
彼の生い立ちを知りたいと思って調べていく中で出会ったこの本は、私の言語学習や人生の見方に思いのほか大きな気づきを与えてくれたので、記事として残しておきたい。
本のあらすじ
Noahは南アフリカ出身のコメディアンとして知られており、彼の両親は南アフリカ人の黒人の母親とヨーロッパ人の白人の父親である。この本では、混血児として生まれた彼の幼少期の話が書かれている。彼が生まれた当時の南アフリカではアパルトヘイト真っ最中であり、混血児が存在することは法律違反であった時代。
人種差別が黒人を社会的、教育的、経済的機会から遠ざけていた歴史において決して忘れてはならない暗く残酷な時代を照らし出している。
幼少期の話からは、彼のいたずら好きでやんちゃな性格が印象強いが、持ち前の鋭い頭脳とユーモアで過酷な人生を切り開いていった様子が見てとれる。
印象に残った文章
ここでいう「彼女」とはNoahの母親のこと。トレバーの母親は南アフリカのコーサ民族の出身で、トレバーの生い立ちに深く影響を与えた人物である。
彼女自身は黒人であるため、政府からの差別の矛先にあり、Noahは混血で肌の色が彼女より薄いことから周囲の目はあまり良いものではなかった。それでも彼女の不屈の精神は折れることはなく、それどころか、Noahにインスピレーションを与え、笑いを通して成功し、世界をより良い場所にしようとする彼の原動力の不可欠な一部となった。
過去に文句を言わない。人生うまくいかないことだらけ。批判することと受け入れることは違う。前向きに生き続けることが大切。
言語が話せることの意味、言語が持つ力について考えさせられた。
見た目が違うと差別される対象になる。意地悪な人たちが、自分の弱みに漬け込んでこようとする。
けど、相手の言語を同じようなアクセントで話すことができたら一瞬にして仲間になれる。難事を乗り越えることができる。言語とは異なる輪の集団に入っていくための手段なのだということを彼の人生から感じ取った。
"rich with experience" 素敵な表現だと思う。裕福さを何と比べるかによるけど、私も生まれた家庭は留学にいかせてもらえるほど裕福ではない。
けど、お金では買えない経験をこれまでたくさんさせてもらった。自分の意思で選択する自由を十分に与えてもらった。Noahのこの言葉から、私自身の両親への感謝の気持ちが込み上げてきた。
これはNoahが大人になって有名になった時に実の父親(ヨーロッパの白人の父)と再会した時のことである。父親との再会に感動のあまり、収録でコラボをしようとインタビューを父にお願いするが、そこで父の態度が激変する。
人間関係の構築、修復とは、短い時間でできるものではないし、SNSのように目にみえるものでもない。真の信頼関係は静かに、長い時間をかけて築かれていくものだ。
白人に分類されるために自分のルーツを否定して白人とつきあおうとする。すると、子孫がだんだん白人になっていく。当時はそのように考えている人がたくさんいたようだ。
私は、白人優越主義の概念を捨てたい。自分の中にもどこかしらにあった、欧州への憧れ。でもアジア人であること、日本人、一重、自分が持って生まれてきた特徴に愛を持てるようになりたい。
また、世の中の常識ではなくて自分の価値判断で正しいと判断したことを貫き通せる人間になりたい。
どんな逆境もユーモアで乗り越えていく、母親とNoahに勇気をもらった。どんなことがあっても、命さえあれば大丈夫、なんとかなる。
批判的人種理論にもつながっているこの言葉。過去の歴史を誰目線でどう語っていくかは今後の子どもたちの教育において非常に重要な論点である。
多くの「悲惨」と叫ばれる歴史的出来事にはデータが残っている。例えば、ユダヤ人大虐殺、広島の原爆など。でも、日常茶飯事に起きているアフリカの紛争、過去の歴史には世間は目もくれない。
それは、なぜだろうか。ハッとした瞬間だった。
→think critically, analyze the history and what you taught in school
治安の悪い場所、貧困の著しい場所は犯罪が多いっていうけど彼らにとっては生きていく手段であり、犯罪とは考えていない。
私たちが大学で学んでいる国際法の授業…偉い国が作ったルールを異国に当てはめてそれはダメだと外部から評価しているようなものだと感じた。
社会は私のためにできているのではない。最初からうまくいくなんて思ってはいけないし、困難があって当たり前。でも、自分の考え方次第で、世界の美しい部分が見えてくる。その一瞬一瞬の喜びを求めて、自分を適応させていくしかない。
自分の身を置く環境が大切。その集団の中にある風潮が好きでないのであればそこから離れるべきであるし、反対に自分が居心地良いと感じる、あるいは憧れを抱く集団があるのであればそこに居続けられる環境を作る。
私の場合は、今の自分が成長できる環境は日本ではなく、オーストラリアにあると確信している。ここで出会った人と過ごせる時間を大切にしたい。
親からの無償の愛情を受けて育った。世の中がどんなに厳しくても、両親のように必ず自分を愛してくれる人がいる。逆に、自分を決して愛してくれない場所もある。無償の愛とは、必ずしも優しさだけではなく、現実と戦っていくため、悪い場所に行かせないための厳しさも必要である。Noahの母親のしつけと言葉は教員を目指す私の心にとても響いた。社会で生きていくのは厳しいからこそ、子どもたちには環境に適応して自分の力で生き抜く力を身につけてもらいたい。
まとめ
私はこの一冊を通して、困難な社会を生きていく勇気と希望をもらった。言語を話せることはグローバルな社会を生きていくうえでの武器になる。他の人の歴史や視点を知ることは、自分の生き方や人生の目標に新しい気づきを与えてくれる。既存の考え方に固執せず柔軟性も身につける手助けをしてくれる。人生は思うようにいくことばかりではないけど、だからこそ生き甲斐があって面白い。そんな心構えで、これからも一生懸命に生きていきたい。