見出し画像

りんごのかじりかた④〜りんごは己の歯の鋳型〜

結論からいえば、ケツから齧る。言い方が汚いので、お尻の方から齧る。すると意外とすんなりと芯も含めて食べていける。りんごを丸ごといただくには、下から食べるのだ。ほら、なんだか随分、自分に野性味を感じないだろうか?いままさに生命をひとのみにせんとする、生き物としての己の内なる凶暴性や背徳感が、なんとなく湧き上がらないだろうか。それで正解だ。

この時に大事なのは、齧った痕、すなわち自分の歯型がみえる、ということだ。これだけはっきりと自分の歯型が残ってみえる、という食べ物は実はあまりない。肉もショートケーキも、齧って食べるには違いないが、ここまで明瞭に歯型が出ることはないだろう。

最近は食べやすい大きさや形や硬さのものが多いので、なかなか、物を噛むということはあっても、齧るということが少ないと思う。食べるとはまさに外界のものを自分の内界へと誘う行為であって、それを断ち切るという証が歯型である。よく釣り人がギシギシ鳴っているフグの歯なんかを指して「こいつが危ないんですよ、指なんか落ちちゃいますから」なんて話しているが、実は私たち自身にも、その刃が備わっていることを忘れがちである。

私たちにも、他者の生命を断ち切り、自分の中へと落とす硬い刃があるのだ。りんごの歯型はそれを思い出させてくれる。

女性が読んでいると申し訳ないが、男性の場合、衰えが現れる3つのパーツの代表として「目・歯・摩羅」と昔から言われる。この3つの力が弱ってきたら、老いの始まりである。りんごを丸々一つ齧れるというのは、生き物としての小さな自信をまだ保てることに繋がる。だからこそ、このりんごの硬さというのもまた、硬すぎず、柔らかすぎず、ちょうど良い困難さをもった歯ごたえなのだ。

さあ、りんごを逆さにして、そのお尻から齧りつくといい。

一口一口、シャリ、しゃり、と音をたてながら、口腔にゴツゴツとしたりんごの破片が転がり入る。それが歯茎を圧し、喉を押し広げ締め付け落ちていく。目の前には自分の歯型の鋳型が、りんごにつくられる。己の歯によって少しずつ削れていく、小さくなっていく。りんごの生命の分だけ、私たちの生命が増えていく。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?