りんごのかじりかた③〜掌の中の輝くハート〜
さあ齧ろう、りんごを。
だが焦らないで欲しい。できれば近くのダイエーでりんごを買って手にして読んで欲しい。今年はシナノスウィートの出来がいいらしいから。
りんごの素晴らしさは齧る前からある。りんごを掌でくるんで、2〜3回こすって欲しい。高いオシャレ着でなければ、袖に優しくこすり付けて欲しい。ほら、あっという間に輝くだろう。こんなに簡単にこするだけで光りを増す果物はりんごだけだ。これはリノール、オレイン酸からなる、天然のロウ。手の温かみで少し解ける、自然のワックス磨き。自分にこんなに物を輝かせる力があるなんて、あなたはきっと驚く。りんごは触れるだけで自尊心を取り戻させてくれる。
そして両手で、手首を下に、中指を上に、それぞれりんごのお尻とヘタのくぼみにそわせてゆっくりりんごを包んで欲しい。この上なくすっぽりと掌に収まるだろう。そう、りんごはあらゆる果物、食べ物の中で、人の手がくるむ一番ぴったりの大きさのものなのだ。
りんごを包んだ掌の形をみてほしい。中指を頂点に手の甲を通り、手首へーーゆるやかなハート型を描いているはずだ。そう、りんごは、このハートの回転体である。このこぶし大の大きさというのは、実際の心臓の大きさである。赤さはいわずもがな、血の色だ。
包んだ指の隙間からりんごを覗いてほしい。今、真っ赤に輝くハートの果実、ひんやりとした手触りの甘く香る心臓が、あなたの掌なかにゆっくりと収まり、齧られるのを待っている。りんごを食べるとは生命を丸のまま食べるとは、そう、あなたは今から心臓をかじるのだ。
さあ、どこから齧ろうか。丸のまま食べるために…。
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