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「社内恋愛探偵」④ (たぶん5分で読める)

(前に戻る) 約2800文字

「くずは、知っている。」

翌日、華麗に出社した私は、経理課の自分のデスクに着く。早速パソコンを開きながら、さなえと雑談を始める。最低でも十五分は話すのが、私の精神を安定させるルーティーンだ。

さて、飯田さんの件には竹下くんが絡んでいると思う。これからは、第三課を中心に、竹下くんと飯田さんが過去にどのような関わりがあったのかを調べていく。こういうとき、調査の糸口になるのは、過去に社内で女性問題で話題になった人物の意見だったりする。もちろん、第三課での聞き込みもするけどね。よし、総務の“裏切りさん”のところに行こう。

うちの会社の総務課は、別名「更生施設」や「最後のチャンス」と呼ばれている。総務課の課長は元住職で、とても寛容な人だ。他の課で問題を起こした社員は、彼の元で再出発を促される。ここでうまく更生できれば、また他の課に配属され、活躍することもある。

総務課に着いた。と言っても、経理課の隣だけどね。あ、ゆりがいるじゃん。 「ゆり〜、久しぶり。今、裏切りさんいる?」 「いちじゃん、久しぶり。斉藤さん?今、自分のデスクで仕事してるよ〜」 ゆりは、数少ない入社同期の一人で、実は私が社内恋愛探偵として活動していることを知っている。私が内緒で教えてしまったんだ。でも大丈夫、ゆりは誰にも言わない。それに、ゆりも特殊な任務を持っている人だ。彼女の二つ名は「執行人」。過去に他の課で何か問題を起こし、総務課に転属された人物が、更生できるかどうかを最終的に判断する役割を持っている。ゆりに「更生不可」と判断された人物は、どういう経緯かは知らないが、判断されてから三ヶ月以内に確実に姿を消す。社内では、誰かが消えると「執行された」と囁かれる。実は社内で一番怖い存在だ。

「ゆり、ありがとう。ちょっと裏切りさん、借りるね」 私は、総務課の執務室エリアに入った。窓際で、パソコンを叩いているのが裏切りさんだ。本名は斉藤さん。斉藤さんはもともと、高学歴のエリートが配属される海外事業課で働いていたが、社内で不倫が発覚。同じ海外事業課の女性に、自分が結婚していることを隠して交際していたのだ。ちなみに、斉藤さんが既婚者であることを暴いたのは私だ。これがきっかけで斉藤さんは、事実上の謹慎となる休養を経て、復帰後に総務課に転属された。

「あ、斉藤さん、お久しぶりです」 「…。」 斉藤さんは私をチラッと見てすぐにパソコンの画面に目を戻し、作業を続けた。どうやら私とは話したくないらしい。それも無理はない。斉藤さんは、私が内野常務の密偵(社内恋愛探偵)であることを薄々気づいているようだ。私が斉藤さんの不倫疑惑を調べていたとき、わざと気づかせるように動いていたからだ。

「斉藤さん、ちょっとお知恵を拝借したいんですけど」

「俺は何も話すことはないよ、あなたには」 険悪な表情で斉藤さんは言い返した。恨まれるのは正直、お門違いだけどね。不倫はする方が悪いんだから。私は、ちらっとゆりの方を見る。すると、ゆりが 「あ、斉藤さん。“お願いしますね”」 と一言。それを聞いて、斉藤さんは苦悶の表情を浮かべた。そう、総務課ではゆりが法律であり神である。執行人に逆らったらどうなるか、斉藤さんにも生活がある。持つべきは最強の友だよね。斉藤さんが口を開いた。

「何を答えればいい?」 うん、わかればよろしい。私が斉藤さんに聞きたいのは、くず男の思考だ。
「ありがとうございます。斉藤さん、以前、結婚していることを誰にも話さなかったじゃないですか?あのこと、一度でも彼女に伝えようとしましたか?」 私は直接聞いた。

「…。一番答えたくないことを、どうしてほじくり返すんだ」

「今、それが聞きたいんです。一度でも彼女に真実を伝えようとしましたか?」

「…。何度でも伝えようと思ったよ」

「…。嘘ですよね?」すぐにわかった。斉藤さんは不倫のことを付き合っていた彼女には隠し通すつもりだったんだ。

「別れるつもり、なかったですよね?彼女とは最終的にどうするつもりだったんですか?」 「だから、なんで今更そんなことを聞くんだ。私はもう反省して…」

ふう。
不倫した奴は、「反省」という言葉を口にしない方がいい。不倫は麻薬だ。一度手を出したら、二度と抜け出すことはできない。誰かと関係が終わっても、次の人と関係を持ってしまう。小学校や中学校で麻薬防止の授業はするけど、不倫防止の授業はしない。絶対にやった方がいい。不倫は麻薬と同じ、逮捕されないだけで、人生を棒に振ることもある。デメリットと傷は麻薬と遜色ない。でも、好きになっちゃうんだよね。

「あの。彼女と不倫がバレなかったら、最終的にどうするつもりだったんですか?」

「…。だから、なんでそんなことを言わなければ…」

「私、内野常務と話ができます。わかりますよね。教えてください」 冷たく言い放った。口利きができるという意味だ。

「…。別れるつもりだった」 「結婚していることは伝えずにですよね?」

「ああ」 やはりな。結婚していることは、バレたくない。バレずに都合よく別れたいのが男の本音だろう。そう、このことが聞きたかった。

「気になるんですが、このケースの場合、結婚していることは伝えずに、どうやって別れ話に持ち込みます?」 斉藤さんは少し考えた後、こう答えた。

「…。好きな人ができた。真剣に交際したい人がいる、とか」

「実際には結婚しているから、ってことですよね。結婚がそのうち周知になっても、伏線を立てておいて、違和感をなくそうとしてるってことですか?」

「ああ」 あっさり認めた。つまり、好きな人ができたことにしておけば、いずれほとぼりが冷めたときに結婚していることを公表しても、不倫だったと悟られないようにしたいということだ。 「ふぅ」聞いていると、こっちまでしんどくなる。

こういう男は、付き合った瞬間から別れることを想定して動く。要は自分が結婚しているから、後腐れがないことが理想的なんだ。だけど、現実はそうはいかない。相手の女性は本気になる。本気になると、中々別れるきっかけをつくれない。そうなると、手段は限られている。他に好きな人ができた、はこうして男たちの口から平然と語られる。当然、女性側は納得できない。“こんなに好きなのに、どうして突然?”それは、本当は突然ではなく、男は最初から別れるつもりで動いていたからだ。

「斉藤さん、教えていただきありがとうございました。」 すごく参考になった。斉藤さんの情報で確信した。竹下くんの行動に対する調査がまた一歩進んだ。

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