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「社内恋愛探偵」② (たぶん8分で読める)

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「社恋会議」

 私には秘密の定例が週に一度ある。この会社の役員でもある内野常務と常務の数名の側近と行われる社内恋愛関係会議、通称“社恋会議”である。
 
 この会議の目的は、現在進行形で誰と誰が社内で付き合っているか、もしくは、付き合う予備軍なのかを把握・擦り合わせること。わたしはこの社恋会議で領収書の件のような情報を、内野常務たちに共有する。報告を終えると内野常務は

「そうか。彼がそんなことを。しかも彼女と…。でも本人は認めてないんだよな?」

と、聞いてくるので
「まぁ。ただ、ほぼ付き合っているとみて間違いないとは思います。」

「そうかぁ」

 少し常務は落胆した様子だった。先ほどの領収書の男性社員は、営業成績は優秀なので、今後どう対応していくのか考えているんでしょうね。所詮企業は、数字を出している人にへの処遇は甘いもの、どこも同じだ。
 社恋会議の議題は他にもある。この会社では秘密裏にオンラインで更新される人物相関図データベースを採用している。まぁ、テレビドラマのサイトでよくある相関図の会社版だよん。週に一回、この会議を開きながら、相関図を更新し、社内プロジェクトのミスマッチをしないための最新の指標として、上層部に共有される仕組みだね。

 今、うちの会社の相関図は大変なことになっている。側近が相関図から読み取れることを報告する。
「それでは最新の情報を報告します。今週新たに更新されたのはW不倫3、不倫4、三角関係6、片想い11、上司以上恋人未満7、後輩以上後輩未満5、です!」
側近くんがいう通り、今我が社の人間関係はこじれに、こじれまくっている。訴訟沙汰になりかねない。ちなみに聞き慣れないと思う用語を解説すると、上司以上恋人未満は二十代女性社員目線で、上司のことを社員以上の目で見ているかどうかという基準。後輩以上後輩くん未満は、二十八歳以上の女性社員が後輩のことを、ちょっと意識し始めているかどうかという基準だ。なぜ、このような基準になっているかはわたしにもわからない。

 これほどまで社内が色恋沙汰で複雑になっている背景には、昨年導入した新しい社内チャットツール(Slackとかchatworkみたいなやつ)にある。新しいチャットツールは社内での交流を円滑にするために、趣味をハッシュタグで登録できるようになっており、例えば#映画と登録すると、共通のタグを登録している人が“おすすめ”として画面上にピックアップされる仕組みになっている。

 勘のいい方はお気付だと思う。これはただのマッチングアプリだ。この社内チャットツールを導入して以降は、会社創立以来始まって以来の大恋愛時代に突入している。ある社員が言うには、社内恋愛斡旋アプリを通り越して、社内不倫斡旋アプリ、と揶揄される始末だ。本来社内で会うはずがなかったもの同士が、共通の趣味のもと出会ってしまい、それが不倫にもつながっている。上が気づいた時には時すでに遅く、無料のマッチングアプリがここまで猛威を振るうとはだれも思わなかっただろう。わたしも、社内恋愛探偵になって以来の繁忙期をむかえている。

 「いち、一体、どうなっているんだ‥」
頭を抱える内野常務。内野常務はわたしを呼び捨てにする。私も調べた調査結果を頭を抱えた常務に報告する。
 「現在、W不倫中の総務・西出さんと、営業二課の谷口さんのペアですが、残念なお知らせがあります。谷口さんが、奥さんにバレました。」
 
「まじかっ。」

 常務の大きな声が会議室全体に響き渡る。ちなみに谷口さんは、次期幹部候補のエリートでこれまで清廉潔白なイメージで、上司・後輩問わず慕われていた若手のホープだった。新卒入社すぐに結婚して、うわついた話が一切なかったが、3ヶ月前ペア相手の西出さんの会社携帯紛失時にGPSで捜索したところ、谷口さんのマンションで見つかったことをIT管理部から報告を受けて発覚。谷口さんはIT管理部に、
 「偶然、谷口さんの携帯を間違えて持ち帰ってしまった。」
と、報告した。いや無理だろ。谷口さんの携帯は青、西出さんの携帯はピンクだった。人類が誕生して以来、男はやましいことを目の前にすると、無謀な嘘で乗り切ろうとするって、DNAに刻まれているのだろうか。さすがに黒だろうということで、それを知った内野常務の落胆は凄まじかったが、会社としては、民事不介入の姿勢を貫き静観を続けていた。しかし、谷口さんが奥さんにバレた今。個人的には、西出さんのケアを考えてほしいと切に願う。絶対だめだけどさ、好きになっちゃうときってある。わたしにも、あった。しょうがないじゃん。好きになっちゃった人が、たまたま指輪つけていただけ。これは、いちえ、個人の意見です。

 これで谷口さんの立場が危うくなり、会社としても色々考えなくてはいけなくなったわけだが、
「ふぅ‥。いち、そのほかには報告あるか?」
「あります。事業開発部の三角関係の件ですが、実は四角関係でした。女二、男二です。」
「割り切れるだろ。なんだよ四角関係って。」

 いや、割り切れない。事業開発部は今、泥沼オブ泥沼。昼ドラが可愛く見えるレベルにドロっている。同じ部署内で三角関係になると、本当にきつい。恋愛漫画とかで、切磋琢磨しながら一人の女性を取り合う健全な三角関係など、現実には存在しない。現実は、ライバルの評判を落とすために、足を引っ張り合う構図にしかならない。

 事業開発部の件を説明すると、もともとは一人の女性を男性二人が取り合う構図だった。女性は事業開発部課長の三嶋さん。頭が切れて、社内でも群を抜く美人だ。その三嶋さんのチーム内で、佐伯くん、湯沢くんという二人の若手社員がいる。その若手くんたちが、三嶋さんをチーム内で取り合っている。チーム内の業務進捗報告会では、若手二人は互いの報告を貶し合って、雰囲気は最悪らしいという証言を得ている。一番厄介なのが、三嶋さんが、それぞれ若手二人組と、それぞれデートをしているという点だ。

 若手二人に対して、それぞれ気があるそぶりを見せるが、結論は出さず、振り回しているらしい。イケメンの若手二人を振り回して、さぞ、楽しいことだろうね。気づけ、若者。
 そして、その三角関係に最近、進展があった。佐伯くんの元カノが、事業開発部に異動してきたのだ。だれだ、人事、出てこい。このケースを防ぐために、私は日々、探偵として調査・報告しているのに。考えてみてほしい、朝礼で報告されるのだ。

 「今日からこの部署で働くことになる○○さんだ、みんなよろしくね」
いや、よろしくじゃねぇだろ。その人、元カノなんだけど。気まずいなんてもんじゃない。私なら出社しない。人事は何考えてんだ?ショック療法すぎるだろ。戦地に新しい核兵器を投入しても抑止力にはならない、争いは凄惨さをますばかりだ。
佐伯くんの同期に聞き込みをしたところ、佐伯くんの元カノはまだ、佐伯くんのことが好きらしい。最悪すぎ。その佐伯くんが今好きな、三嶋さんとな、上手くいくわけない。わたしはそのことを内野常務にすべて話した。

「地獄だな…。でも、すぐには異動はさせられないからなぁ」
「一刻も早く、ご検討ください。四画関係の当事者よりも、周りの社員がは
たらきづらいと思います」

事業部のことを思うと、早くなんとかほしい事案だ。こんなように、社内の色恋沙汰にまつわることを調査し、報告し、社員が働きやすい環境づくりを手助けするのも社内恋愛探偵の仕事。そのほかにも、たくさんの調べあげた社内の新事実を内野常務たちに報告した。え、そことそこ??なんて反応していたけど、この人たちほんとに変わんないなぁ。

「あ、最後に話さなければいけない件がありまして…」
 側近くんは、ついにあの件について口を開いた。
 「最近、また新卒から仕事を辞めたい、と連絡が入っているとのことです」
 側近くんの報告に神妙な面持ちになる内野常務。
「またか。辞めたい理由などは聞いているか?」
「いえ…。新卒の子は、とにかく何も話したくないと、頑なになっているとか」
 うちの会社は、実は毎年百人単位で新卒採用をするが、新卒に対してのフォローに関しては業界内でも評価が高く、新卒入社の離職率が極めて低いことで有名だ。だが、ここ数年、何の理由も言わずに、新卒入社してから三年以内になぞの退職をする人がたびたび現れている。それも、すべて女の子だ。心当たりは、ある。わたしは内野常務に聞いた。

 「奴の仕業とは考えられませんか?」
 「断定はできん…。なんせ理由を話してくれないから、調査ができない」
 「なるほど」
 
 奴はここ数年で、存在がまことしやかに囁かれるようになった。新卒入社の女の子のみを食い荒らすゲス野郎、通称「新卒ジャック・ザ・リッパー」(以後、新卒ジャック)だ。被害にあった女の子はみんな、誰にアプローチを受けたのか頑なに言わないので、存在しているかどうかはわからない。だけど、わたしはいると思う。この会社に巣食う闇、会社の未来を担う人材をことごとく傷つけるやつ、わたしは必ず正体を突き止めたい。

 「ちょっと、本格的に“奴”の調査を開始してもいいですか?」
 「あくまで噂だからなぁ。うーん、まぁ、調べてもらう分にはいいか。あ、この人を知っているか?」

内野常務に突然、一人の女性の写真を手渡された。

 「営業三課の飯田さん?ですか?」
 「そう、この人の近辺を調べてほしい。」
 「近辺、というと、潜伏恋愛疑惑があると?」

 疑惑というと悪く聞こえてしまうが、要は社内恋愛しているかもしれない、という意味だ。
 「そうだ。実は飯田さんは、今月から休職に入った。」
 「え?」
 「飯田さんに近しい同僚は、最近、人間関係について悩んでいると相談を受けてたらしい。」
 「その時、恋愛関係という、話はされていたんですか?」
 「いや、そこは話していないそうなんだが、もしかしたら、と思ってな。」
 「わかりました。ちょっとあたってみましょう」

 男関係で休職する人は、めずらしくない。よくあるのは、女性側は体調を崩すのに男側は何もなかったのように働き続けているパターン。わたしは、飯田さんとはあんまり面識はないんだけど、写真を見るかぎり活発そうで、はきはきしている人に見える。
 でも、こういう人が意外にメンタルを痛めてしまいやすいんだよなぁ。新卒ジャックのことは、意識しつつ、調べてみるか。こういう仕事もたまにくる。この前まで元気だった子が突然、休みがちになる。すべてが恋愛じゃなくて、社内でいじめが起こったり、上司からの強烈なプレッシャーをかけられたことが原因になることもある。会社での人間関係は崩れると途端に、しんどくなるよね。

 「では、ありがとうございました。また来週おねがいします。」
 「ああ、頼むよ。」

 こうして今日の社恋会議は終わった。いつもこんな感じだ。あーだ、こーだ、いって、結局何も決まらない。ふぅ。そんなことを言っても仕方がない。さて、調査をはじめますかぁ。

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