「社内恋愛探偵」 終 (たぶん5分で読める)
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「消す」
あくる日の会議室。私は、内野常務に飯田さんの休職の件を報告した。会議室には、いつもの常務の取り巻きがいなくて、私と常務の二人きりだ。
『ご苦労だった、いち』
報告が終わったが、私は会議室から出なかった。
『…残念だけど、何もできない。対策は考える』
これが一般企業の上役だ。結局は何もできない。苦しんでいる社員はそのまま苦しみ、苦しませた社員は今日ものうのうと働いている。いい加減にしてほしい。
『けいすけ、私、やっちゃうね?』
『…』
常務は黙ったまま、背中を私に向けたままだ。昔一緒に暮らしていたときは、もう少しおしゃべりだったけどな。偉くなるにつれて、冗談も言えなくなった。奥さんの影響かな? 家庭では、相当厳しいらしい。
けいすけは結婚していたけど、私の家に半同棲のように通っていた。私は付き合っていると思っていた。もちろん結婚していることは知っていたけど。それでも、社内には内緒で付き合っていたの。
こんな話、どうでもいいよね。けいすけと私は、社内恋愛の調査以外にも「ある仕事」をしている。けいすけの不倫の事実を黙っている代わりに、私は自分の好きなことをさせてもらっている。
その「ある仕事」とは「人を消す仕事」。実は、私はそれが得意なの。
『じゃ、やるからね』
そう言って、私はけいすけに背を向け、会議室を出た。
経理の自分のデスクに戻り、パソコンを開いて簡単なチャットを送る。「飲みに行かない?」って。それだけで絶対に来る。なぜなら、彼は複数の社員と関係を持ちながら、二人きりで飲みに誘われれば必ず来る男だから。
私は飲み屋に向かった。少し薄暗くて雰囲気のいい店。黒のシースルー、普段は着ないような服を身にまとって。少し遅れて竹下くんがやってきた。顔はいいのに、惜しいな。
『いちさん、雰囲気すごく変わりますね…私服だと』
顔はかわいいけど、下心が丸見え。わかりやすい。性格さえよければ「あり」なんだけど。まあ、クズだから仕方ない。
その後、私はお酒を二杯ほど飲み、竹下くんと軽く会話をした。
『いちさん、どうして僕なんかを誘ったんですか?』
すぐに結論を求める男。もう少し雰囲気を楽しめばいいのに。でも、別にいいか。
『うち、来る?』
シンプルに答えた。
『困っちゃうなあ』
とか言いながら、彼は会計を済ませ、慣れた様子でタクシーに乗った。タクシーの中で私は窓の外を眺めていた。竹下くんとの会話はない。こういうとき、あえて話さないほうがリアルでいい。竹下くんも外を見つめている。
タクシーが止まった。マンションの前。私と竹下くんの会話はまだない。
指紋認証を済ませ、中に入る。エレベーターに乗り、上の階へ。エレベーターが止まって、部屋まで歩く。ヒールの音がコツコツと響き渡る。静かだ。
部屋の前に来て、鍵を開ける。扉が開くと、待ちきれなかったのか、竹下くんがキスをしてきた。ほんとうに顔はいいなあ。ずるい。少しそう思いながら、キスを続けたまま扉を閉める。
『んっ…こっち…』
私は彼をベッドへと誘導する。竹下くんはすぐに舌を入れてくる。本当に我慢できないタイプだなあ。でも、どうしてか許しちゃう。彼は可愛い顔して、そのギャップがいいんだ。
ベッドまでたどり着いた。やばい、結構キスがうまい。吸い付いてくる。抗えない。竹下くんは私の上に馬乗りになった。
『いちさん、おれもう…』
『だーめ。まだ、仮払い申請書、直してないじゃん…』
「だめ」という言葉が男をそそることも、私は知っている。
『おれ…もう…』
と言いかけたその時、
ガンッ!
と竹下くんは頭を殴られた。彼はそのまま気を失った。
『いち、何やってんの?』
『いや、キスが良すぎて…』
ゆりがそう言いながら、竹下くんの体をリビングに運び始めた。
『ちょっと、いち、手伝ってよ』
『はーい』
私は竹下くんをリビングに運ぶのを手伝った。こうして彼の顔を見るのも、これが最後か。顔はタイプだったけどな。もう少しキスしておけばよかったかも。
リビングに移動すると、ゆりがブルーシートを広げ、彼に注射を打った。中身は知らない。ここからはゆりの本番だ。
ゆりが仕事を終えるまで、私はネットで映画を見ていた。見たい映画がたまっているんだよね。
2時間半ほど経って、ゆりが
『終わったよ。詰めといたから、運んでくれる?』と言ってきた。
黒いビニール袋が10個ほど。私たちはそれを段ボールに敷き詰め、台車に乗せた。
その後、エレベーターで一階まで降り、外に停まっていたハイエースに運び込む。運転席にはさなえがいた。
『遅くない?』
少し機嫌が悪そうだ。
『ごめーん』とだけ言って、車に段ボールを積み込んだ。ハイエースはそのまま走り去っていった。
終わり
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