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駅伝やマラソンの「日本人1位」という括りは、もうやめませんか?
今宵、本の深みへ。編プロのケーハクです。
駅伝やマラソンのファンにとって、年末年始は、全国高校駅伝や富士山女子駅伝、ニューイヤー駅伝、箱根駅伝と、ワクワクが止まらない時期ですよね? 私もそのひとり。
長距離好きが高じて、ほぼ毎年ランニング関連の本を企画したり、制作したりしているのですが、2024年も大東文化大学の駅伝監督である真名子圭監督と一緒に『1にこだわるランニング理論』(池田書店)という本を制作させていただきました。
ということもあって、今シーズンは個人的に大東文化大学を熱烈に応援している次第です。
もちろん駅伝だけでなく、2024年の陸上長距離界においてはパリ五輪がありましたし、2025年も世界陸上が東京で開催されますから、今後もしばらくは日本人選手たちと世界のトップランナーたちとの戦いに注目が集まることでしょう。
しかしながら、近年の陸上長距離においては、日本と世界の実力差が大きく開き、善戦しても入賞するのがやっとといった状況が続いています。
大会前は、少なからず期待しているのですが、実際に世界の壁の高さを見せつけられると、わかってはいたものの、ファンとしては意気消沈してしまいます。
勝手ではあるんですが、やはり出場するからには選手たちには勝ってもらいたいですし、メダルが欲しいんですよね……(入賞でも十分スゴいことなのですけど)。
それで、著者の先生方には毎回、「メダルを獲るためには、どうすればいいんですか?」みたいなことを書籍とは関係のないところで聞いてみたりするのですが、皆さんが口を揃えていうのは、やっぱり「スピードが必要」だということなんです。
いわゆる短距離(無酸素)のスプリント能力もそうですが、有酸素で持久的に押していくスピード能力という2つのスピードを兼ね備えることが必要だといいます。それは、トラック種目だけでなく、近年はマラソンでもいえること。このことは、素人である私もまったくの同意見です(笑)。
ちなみに、中長距離の日本記録と世界記録を比較してみると…
○1500m走
WR 男子3分26秒00/女子3分49秒04
NR 男子3分35秒42/女子3分59秒19
男女ともに10秒(100m弱)くらいの差がありますね。先頭がゴールする頃にようやく第3コーナーを回っている感じ。距離が短いほどタイム差を縮めるのが難しいといわれているので、この差はかなり大きいのではないでしょうか。
○5000m走
WR 男子12分35秒36/女子14分00秒21
NR 男子13分08秒40/女子14分29秒18
男女ともに大体30秒くらいの差。これは400mトラックで約半周先行されていることを意味します。男子の世界トップクラスのラストスパートは100m13秒前後のスピードで1周回ってくるのでエゲツないですよね。
○10000m走
WR 男子26分11秒00/女子28分54秒14
NR 男子27分09秒80/女子30分20秒44
男子で約1分、女子で約1分半の差なので、余裕で周回遅れという状況です。国内では最強だったランナーが五輪で周回遅れになるシーンを見ると、やっぱりやるせない気持ちになります……。
○マラソン
WR 男子2時間00分35秒/女子2時間09分56秒
NR 男子2時間04分56秒/女子2時間18分59秒
男子で約4分半、女子では約9分も差があります。ということは男子で約1.5km、女子になると、なんと約3kmも先を走られているということになります。せめて背中が見える位置に行きたいですね……。
トラック競技の場合は、身長(脚の長さ)や筋力といった体格差もあるので、個人的には結構厳しいのではないかと。もし、可能性があるとすれば、ベースのスピードを上げていくことが条件ですが、マラソンのほうが成功する確率は高いような気がします。
果たして、日本長距離界は、なにから取り組んで、どこから世界の壁を切り崩していけばよいのでしょう……。
おそれながら、私が陸上長距離界に対して思っていることを、ファンの立場から、少しだけぶっちゃけてみたいと思います。
まず、これは陸上界というよりは、陸上関連のマスコミに対するものかもしれませんが、「日本人1位」という括りをやめませんか? ということ。
なぜ、同じ条件で走っているアフリカ系の選手たちを「別格扱い」してしまうのでしょうか? 結局は国際大会で世界のトップレベルと戦うことになるのに、なぜ国内レースでは「彼らは別格なのでノーカウント」みたいに報じるのかが、謎すぎます。国内での注目度の問題なのでしょうが、優勝者のケニア人選手よりも総合5位の日本人1位の選手を話題の中心にするのは、なんとなく違和感があります。
「彼らは別格ね」というその雰囲気が、日本人選手たちの「ケニア人選手に負けても仕方ない」的な意識を助長しているような気がしてなりません。ちょっと前の話ですが、箱根駅伝で日本を代表する大エース的存在のランナーが、「日本人1位を狙う」みたいな発言をしたときに、ちょっとガッカリしたのを覚えています。
国内レースで負けまくっているのに、どうして国際レースで急に勝てるようになるのかという話です。
そもそも日本の大学や実業団は、世界レベルのアフリカ系のランナーが、同じチーム内にいるという恵まれた環境にあるともいえます。
せっかく身近で世界と競える状況にあるのだから、彼らがなにを考え、どういう練習や体調管理をし、どういうマインドでレースに臨んでいるのか、運動生理学的な部分も含め、徹底的に研究すればいいのに、と思います。
で、彼らに勝ちにいく、もしくは挑んで近づけるように努力すること。「憧れるのはやめましょう」ではないけれど、たとえレベルの違うケニア人選手であろうと、対等なライバルとして意識するべきだと考えます。
最初から先頭集団につかずに離れてしまうのは、戦わずして負けてしまっているようで、見ていて悔しくなってくるのは私だけでしょうか?
ちなみに、陸上関連の記事には、アフリカ系選手の核心に迫るようなノンフィクション記事がほとんどありません。九電工のコエチ選手とか、SUBARUのキプランガット選手とか、日本にいる超人的な速さを持つ選手たちのことをもっと深く知りたいです(陸上関連のメディアの方々、よろしくお願いします!)。
もうひとつは、「世界と戦える選手育成」を考えること。なんとなくですが、日本の指導者の多くは、目先の結果ばかりにとらわれていて、長期的かつ広い視野で陸上界全体のレベルアップにつながる取り組みをあまり考えていない気がします(目先の結果が問われるので仕方のないことなんですが……)。
たとえば、とある女子選手が駅伝で好走して注目を集めましたが、その選手は超ピッチ走法で高速の早歩きみたいなフォームをしているんですね。おそらくストライドは140cm前後なので、ピッチを210歩/分を超えるくらい目一杯回したとしてもフルマラソンなら2時間20分くらいが限界です。国内では通用すると思いますが、もし今後、世界で戦うという目標があるなら、その先に勝てる未来はありません。
とある五輪候補の女子選手が、必死の努力を積んだにもかかわらず、どうしても2時間20分を切れなかったのも同じ理由。現状のフォーム(ストライド)では、死力を尽くして頑張っても、そもそも追えるタイムに限界があるということです。そういうのを具体的にデータで示して戦略や走法を変えるとか、なぜ指導者側が方向性を打ち出してあげなかったのか、疑問に思う部分はあります。
おそらくすべての長距離ファンが夢見たのは、女子なら不破聖衣来選手のような「ダイナミックなストライド」で軽やかに押せる選手。彼女なら3分10秒/kmペースでフルを押し切れるだろうと多くの人が思ったはず。個人的には、かつてラドクリフ選手が持っていた2時間15分台の記録なら出せるのではないかと期待したものです。
でも、彼女の場合はケガの問題があり、おそらくケガをしにくい体づくりと、フォーム修正に取り組んだのだと思います。復帰してきたことはとてもうれしいのですが、彼女が本来持っていた「翼」は、今のところ「抑えられてしまった」という印象です。彼女のような日本の宝となり得る選手は、海外に出て行ってもよいので、とにかくトップクラスの指導者や練習環境に恵まれることを優先してほしいと願うばかりです(三井住友海上に行くらしいですが)。
女子も男子と変わらず、突出した才能やポテンシャルを持った選手が、毎年出てきている印象(都大路での久保凛選手の伸びやかな脚さばきは最高でした)ですが、それらを世界レベルの選手に育てるという視野が、なんとなく狭いような気がしてなりません。田中希実選手のように日本の実業団(駅伝)文化から離れることで結果を出す選手もいるので、選手たちがそれぞれの個性(目標)に合わせて多彩な道を選択できるような環境づくりも必要なのではないかと思います。
あとは、もう少し選手全体で協力して記録を狙っていきませんか? ということです。トラックのスピードが足りていないといっても、近年は着実にレベルアップしてきていると思います。
問題なのは、既成概念にとらわれて「超えらない」という意識の壁をつくってしまうことです。
トップランナーたちは、マスコミに向かって意図的に目標を宣言して、ライバルたちに競争意識を持たせてほしいのです。
たとえば、当面の日本人選手の目標は、男子1500mなら3分29秒を出してほしいですし、5000mは12分59秒、10000mは26分59秒を出してほしいわけです(フルマラソンなら2時間3分台を目指してほしい……)。これらを「最初に切るのは自分だ」とできれば煽っていただきたいのです。そうすれば、トップ選手全体が統一の意識で目標に向かっていけるし、マスコミを含めたファンもその記録を意識して応援できます。フルマラソンの日本記録更新に1億円の報奨金を出したことで、皆で記録に挑んでいく流れができたように、そういう全体に流れる空気感が記録を伸ばすこともあると思うのです。
あと、これも個人的な思いなのですが、フォームに対する考え方をもう少しシビアにとらえてほしい部分があります。日本の場合は「フォームをいじらない」という考えを持つ指導者たちが圧倒的に多数派です。
選手の体は人それぞれなので、体に合ったフォームで自然に走ることは、理に適ったことだと思うのですが、フルマラソンでメダルを獲得したり、世界記録に近づけたりするためには、男子だと100m16〜17秒のスピードで走り続けることが必要です。おそらくハーフの距離ならすでに可能だと思いますが、これを2倍の42km持続させるのは現状厳しい状況にあります。
これを実現させるためには、生理機能的な最大酸素摂取量の能力を高めることも必要ですが、フォームのエコノミーを追求することも重要なのではないかと。ジョグの感覚でリラックスできる範囲内で、いかに100m17秒のスピードを出していくのかという考え方のもと、それを前提に効率的なフォームを構築するのもありだと思うのですがいかがでしょうか?
たとえばの例で出すのは恐縮なのですが、日本のトップランナーのひとりであるトヨタ自動車の田澤廉選手は、素晴らしいストライドで伸びやかなフォームが特徴的ですが、少し力が入りすぎている印象があります(あくまで素人目ですが……)。いわゆる力走しているイメージですね。たしかに日本国内では抜群に速いのですが、今後さらに記録を大幅に伸ばして世界と互角に戦っていくのであれば、今のフォームのままでは個人的に難しいのではないかと思っています(スピードが持たない)。最近、終盤に離されてライバルに勝ちきれなかったり、ケガが多かったりするのは、そういう要因もあるのではないかと推察しています(素人考えです!)。
女子では、パリ五輪のマラソンで入賞した鈴木優花選手も伸びやかなストライド走法ではありますが、田澤選手と同様に筋力を使って力走している印象があります。王者であるハッサン選手らと互角に戦うには、やはり終盤まで力の抜けた高速ジョグでついていき、力を溜めてラストでペースアップできないと、善戦はできても、勝つのは厳しいのではないかと思います(これも素人考えです!)。
力走すれば世界レベルのスピードは出せるかもしれませんが、同様のスピードをジョグのフォーム感覚にこだわって効率の精度を上げていくという「ディテール」への地道なアプローチも捨ててはいけないと思うのです(短距離の選手と同じくらいフォームに気を使うべきではないかと)。
日本の選手たちがデフォルトで高速のジョグを体得しておくには、やはりストライドの拡大を視野に入れてほしいです。昔はアフリカ系の選手の走技術のレベルは低かったので、日本人の体型と我慢強さを活かしたピッチ走法が通用した時代もありました。大迫傑選手のピッチが180〜185歩/分、キプチョゲ選手が約187歩/分に対し、91年の世界陸上で金メダルを獲得した谷口浩美選手は約223歩/分という驚異的な回転数です。
しかし、谷口選手の自己記録は2時間7分台なので、高速ピッチ走法の限界としては、その辺りのタイムなのではないかと思います。
これ以上回転数を増やせないのであれば、残るはストライドを伸ばすというアプローチしかありません。理論上の話ですが、ストライドを伸ばした分、少しだけピッチを緩めることができれば、筋収縮の回数は減るので、筋出力の負荷とのバランスはあると思いますが、スピードを維持した状態で走動作のエコノミーを多少向上させることができるのではないかと(はい、素人考えです…)。
近年はプレートの反発性を活かしたシューズも進化しているので、それらを利用しながら筋出力の負荷を減らし、「ラクに跳ぶ」フォームでストライドを伸ばすべきだと思います(特に女子選手はピッチ走法が多すぎる印象です)。
フォームの修正は、そう単純な話ではないことは、これまでの取材経験で重々承知しています(ケガのリスクもあるし、無意識の領域で身につけるのが難しい)が、世界に肉薄するためには、「ラクに走る動き作り」へのアプローチも必要であると個人的には思います。
肉体的な素養もあると思います。小柄な選手にとって「跳んでストライドを稼ぐ」のは、身体的な負荷が高まるので、そのフォームに耐えられないリスクも当然考えられます。なので、できれば長身で細身、瞬発性の高い筋力を持つ選手を積極的に発掘し、持久性の要素を加えていくイメージで、「ラクに長く、それでいて速く走れる」トレーニングを徹底。「ジョグが高速」という長身ランナーを意識的に育成してほしいというのが、私の密かな願望です。
これまでも旭化成の相澤晃選手など、長身の「ジョグが高速系」の選手に大きな期待が寄せられてきましたが、残念ながらケガがちでしたよね。相澤選手は、今後マラソンに挑戦するそうなので、どこまで適応できるのか大いに注目したいと思います。
先日の都大路で花の1区を激走した八千代松蔭の鈴木琉胤選手も、長身の「ジョグが高速系」の選手だと思うので、いつか世界に通用するランナーに育ってほしいな〜と期待しています。
当面はトラックだと世界との差が厳しいので、早めにマラソンに挑戦してくれないかな〜とも思います。筋力的には25歳くらいがマックスともいわれているので、その頃までに「ジョグが高速系」の適性を持つ選手は早々にマラソンに転向して、メダルにトライする回数を増やしてほしいです。
あとは、ノウハウや知識の共有ですね。世界も日本もトレーニング理論や運動生理学などの研究は日進月歩の勢いで進化しているので、そうした知見を陸上界全体で共有してほしいと思います。聞くところによると、現状は私たち外部の人間が想像する以上に、最新知識の共有がなされていない状態だそうです。陸上界全体のレベルアップを図っていくならば、その辺をもっと気軽に共有できる環境があってもよいのではないでしょうか。
それから最近気になっているのは、「ペースメーカーがペースを守れていない」という問題ですね。トラックでもロードでも契約の距離まで引っ張るはずのペースメーカーが、途中で後ろに下がったり、リタイアしたりするケースが増えてませんか? レベルの向上に伴って設定ペースが上がっていたり、近年の異常な暑さの影響もあったりするのかもしれないですが、ちゃんと引っ張れていれば記録が出てたんじゃないの? みたいなシーンを結構見かけるようになりました。
ペースを維持するのが難しいのであれば、ルールを改正してリレー形式で引っ張るとか、対策を考えたほうがよいのではないかと思います。特に世界記録や日本記録を狙っている選手たちは、そう何回もベストな状態で走れるわけではないので、貴重なチャンスを逃すことがないよう、ぜひ検討してほしいですね。
年明けのニューイヤー駅伝や箱根駅伝では、また素晴らしい才能を持った新たなトップランナーが生まれることでしょう。それらの才能をぜひ、世界に羽ばたかせてほしいな〜と、イチ陸上ファンとして切に願っています。いつの日か、再び世界陸上やオリンピックの舞台でメダルを獲得する喜びを、日本の陸上ファンの皆で分かち合えたら最高です。
文/編プロのケーハク
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