後世に残したい出版編集の技術アーカイブ「ラフは原寸で描く!」
今宵、本の深みへ。
この度、独立してフリーになることになった、編プロのケーハクです。
おそらく、編プロ所属で書くのは今回で最後になるかと思いますが、今後も「ひとり編プロ」として出版編集業務は継続していく所存ですので、「編プロの」はそのまま据え置きということでお願いします(どうでもいいですよね?)。
さて、今回は「後世に残したい出版編集の技術」ということで、「ラフ」をテーマに解説していきたいと思います。
最近は、生成A Iが猛烈なスピードで発達してきて、すでに誌面のデザイン案なども一瞬でつくられ、本づくりの現場で実用化される時代がすぐそこまでに迫ってきています。編集者が長年培ってきた編集スキルの多くが、A Iに取って代わられるのも時間の問題なのかもしれません。
また、最近は編集者にとって多様なスキルを身につける鍛錬の場であった「雑誌」の衰退もあって、いろいろな誌面のアイデアを模索する機会が減ってきているという実情があります。
そのため、若手の編集者たちは現在もどんどん業界に入ってきているのですが、昔よりバラエティに富んだ媒体にチャレンジする機会が減ってきており、可哀想な一面もあるな〜と感じることも。
最近の編集者のレギュラーといえる媒体のほとんどは、webコンテンツなどのデジタル媒体。スクロールして見るという特性ゆえに、割とボックス型の定型な誌面展開が多く、かつての雑誌のような自由なレイアウトを考える必要性がなくなってきています。
なので、たまに経験の浅い編集者さんに比較的自由な紙の媒体を担当してもらうと、全体的に四角い感じの、動きのない誌面になってしまうという、受け継がれてきたはずの「編集スキルの喪失」を感じることがあります。
つくる機会や教える機会がそもそも減ってしまったので仕方がない、「時代」といってしまえばそれまでなのですが、「人間が培った感性を具体的に形として誌面に落とし込む編集スキル」は、知っておいても損はなかろう、ということで、かつて私が教わってきたことを後進のために伝えていきたいと思います。
ラフは売り上げを左右する重要な設計図
さて、前置きが長くなってしまいましたが、本題に入ります。
通常、本をつくる場合には、編集者は誌面のレイアウトを考えるわけですが、その設計図といえるのが「ラフ」です。
恥ずかしながら、私が描いたラフを少しだけお見せします。
パワポやイラレ、インデザインなどでラフを切る編集者も多いのですが、私の場合はいまだに手描き。なぜかというと、デザイナーのアイデアが限定されにくい、手描きのビジュアルやキャッチの雰囲気で世界観を伝えやすい、といった利点があると考えているからです
で、これが実際の誌面です。
これはA5判の実用書の誌面なので、雑誌ほどのバラエティ感を要求されることはありませんが、私の場合は割と細かく設計図を敷き、そこにデザイナーが要素を吟味して(デザイナーの感性に委ね、要素に不足がなければ割とラフから崩してもらってもよいというスタンスで)、デザインするというのが誌面レイアウト作成の基本です。
本の設計図には2つあって、1つは内容面や構成、ページネーションの設計図となる「台割」というもので、もう1つがこの誌面レイアウトの設計図となる「ラフ」です。
台割も全体の骨子となるものなので、めちゃくちゃ重要なのですが(台割の話もいずれ)、本の具体的な表現を誌面に落とし込むラフは、読者が直接目に触れるインターフェースの部分なので、印象に及ぼす影響は大きいといえます。まさに、売り上げをも左右する重要な設計図なのです。
「ラフをとりあえず切ってみて」とお願いすると……
例えば、A4正寸(普通のJ I S規格のA4のこと)の見開きページのラフを切ってみてと、新人さんや不慣れな若手編集者さんにお願いした場合、結構な確率でA4やB4の用紙を使って描いてくることが多いんです。
でも、A4の見開きは、サイズでいえばA3です。A4やB4の用紙は、実際のサイズより小さい用紙ということになります。
これはどういうことかというと……つまり、縮小した状態でラフを切っていることになります。
別にいいじゃん、と思いますよね?
いいんですよ、慣れていれば。熟練した編集者の場合は、誌面の空間がどれくらいになるか、写真やイラスト、文字の大きさを含めた実際のサイズをイメージしながらラフを切ることができます。
しかし、これがあまり経験のない編集者がやると、レイアウト的に不都合のあるラフになることが多いんです。
例えば、同じくA4見開きの誌面をA4の用紙を使って、下記のように写真の横に、横組みの小さめの文字のキャプション(解説文)を入れる感じで描いたとします。
これはA4の用紙に見開きで描かれた状態、つまり実際にはA5サイズになるわけですが、A5であれば問題のないバランスに見えます。しかし、実際の媒体サイズはA4です。これの倍の大きさ、スペースがある(上のラフを縦に回転させると、全体がA4片ページのサイズになる)わけです。
実際に誌面をデザインした場合、かなり大味なヤバいレイアウトになることがわかると思います(キャプションの文字量が多すぎて読みづらい)。
実際の誌面サイズは2倍大きいわけなので、そのほかの情報やビジュアルを入れるスペースがかなり残されています。ここを活かしたほうが、読者にとって有益な情報をより多く提供できるし、ビジュアル的に遊ぶこともできます。
つまり、選択肢が広がるわけです。ここでさらに推敲を重ねていけば、きっと今よりも面白い誌面展開が可能になるはずで、このままでは読者を喜ばせる余地が埋もれてしまうことになります。
ここで、後世に残したい編集スキルの教え「ラフは原寸で描く!」が活きてきます。
慣れてくれば縮小ラフでも問題ありません。でも、新人さんや経験の浅い編集者さんの場合、絶対にラフは原寸(実際のサイズ)で描いたほうがいいです。
デザイナーさんに協力を得られる余裕のある状況であれば、一度縮小で描いた状態の大味ラフでデザインしてもらうとよいかもしれません。
「自分がイメージしてたのと違う!?」と愕然とするはずです。
A4って「結構でかい」ということも知っておきましょう。情報やビジュアルを入れる余地が意外と想像する以上にあるんです。
逆に新書判や四六判といった小さめのサイズのラフを切るときも、原寸で描くことをおすすめします。詰め込みすぎや、この要素入り切らないなどの問題が解消されるはずです。
文字の大きさなど、ターゲットによって読みやすさのバランスも変わってくるので、スペースのボリュームを正確に把握することは、意外と大事。基本中の基本なんですよね。
実際に私も新人の頃は「ラフは原寸で描きなさい」と教わりました。実際にやってみると、たしかにそうだな〜感じたものです。
そんなことを教える機会もどんどん減ってきているので、シュッパン前夜の役割として、こうして世に伝えておきます(笑)。
後世に残したい出版編集のスキル01
「ラフは原寸で描く!」がアーカイブされました。
文/編プロのケーハク
こちらでも情報を発信しています!