【予習】第73回ベルリン国際映画祭コンペティション部門編
『20,000 Species of Bees』
エスティバリズ・ウレソラ・ソラグレン監督 (スペイン)
カンヌ : 『Cuerdas』(2022年/短編/批評家週間Rails d'Ory賞)
ヴェネツィア : なし
ベルリン : なし
ソラグレン監督は短編『Cuerdas』が世界的に評価されたようです。カンヌの他サン・セバスチャン映画祭やゴヤ賞でもノミネートされています。長編としては『Voces de papel』(2016年)に続き二本目、フィクション長編としては一本目のようです。「夏の間、村の養蜂を営む家で8 歳の少女とその母親は人生を決定的に変える出来事を経験する」という内容です。少女の成長物語のような爽やかなテイストでしょうか。
『The Shadowless Tower』
チャン・リュル監督(中国)
カンヌ : 『キムチを売る女』(2005年/批評家週間ACID賞)
ヴェネツィア : なし
ベルリン : 『風と砂の女』(2007年/コンペティション部門)、『豆満江』(2010年/ジェネレーション部門スペシャル・メンション)、『福岡』(2019年/パノラマ部門)
『福岡』三部作が昨年公開されたチャン・リュル監督は日本での紹介作も多いですね。釜山映画祭やロカルノ映画祭への出品歴もあり、安定した評価を得ている監督です。とりわけベルリンへの出品数が多く、ベルリンが育てた人材と言えるでしょうか。
「一人暮らしの中年男性、グ・ウェントンは、職場で若い写真家のオウヤン・ウェンフイと出会った。 ウェイトンは偶然、40年以上連絡を絶っていた父親の居場所を知った。 ウェンフイに励まされ父親と向き合うことを選び、長く失われていた父子関係を取り戻した。」という内容です。
中年男性が人生を見つけ直す様を暖かく描いた作品ということでしょう。
『Till the End of the Night』
クリストフ・ホーホホイスラー監督 (ドイツ)
カンヌ : 『Falscher Bekenner』(2005年/ある視点部門)、『Unter dir die Stadt』(2010年/ある視点部門)
ヴェネツィア : なし
ベルリン : なし
ドイツ国内の映画賞や映画祭で高く評価されている作家のようです。とりわけダークな人間ドラマ『Unter dir die Stadt』の評価が高いようですね。
「覆面調査員が大手ドラッグ ディーラーとつながりを持つトランス女性の世界に潜入する様子を追う。」という内容で、クィアな世界とドラッグものというおよそ合わなさそうなジャンルの融合ですね。ノワール的な雰囲気になるのでしょうか。非常に楽しみですね。
『BlackBerry』
マット・ジョンソン監督 (カナダ)
カンヌ : なし
ヴェネツィア : なし
ベルリン : なし
マット・ジョンソン監督はインディペンデント映画で活躍している存在のようで、ロカルノ映画祭やシッチェス映画祭に入った『The Dirties』(2013)やサンダンス映画祭に入った『Operation Avalanche』(2016)などが代表作です。
今作は携帯電話BlackBerryの興衰を描いた「ドキュドラマ」です。『Operation Avalanche』はPOVということなのでそれを引き継いだのでしょうか。一筋縄ではいかないと思いますが、一歩間違えば大惨事になる気がします。POV方式ってけっこうリスクが高いと思いますけどね。どのような評価になるか見ものです。
『Disco Boy』
ジャコモ・アブラジーゼ 監督(フランス / イタリア / ポーランド / ベルギー)
カンヌ : なし
ヴェネツィア : なし
ベルリン : なし
アブラジーゼ監督は短編を数多く制作し、昨年の『America』(2022)がセザール賞ドキュメンタリー短編賞にノミネートされるなどの評価を得ています。長編フィクション映画としてはこれがデビュー作となるようです。これが監督にとっていいスタートとなるかどうか期待したいですね。
『The Plough』
フィリップ・ガレル監督 (フランス / スイス)
カンヌ : 『Liberté, la nuit』(1984年/?)、『愛の残像』(2008年/コンペティション部門)、『つかのまの愛人』(2017年/監督週間SACD賞)
ヴェネツィア : 『ギターはもう聞こえない』(1991年/コンペティション部門銀獅子賞)、『Le vent de la nuit』(1999年/コンペティション部門)、『白と黒の恋人たち』(2001年/コンペティション部門国際映画批評家連盟賞)、『恋人たちの失われた革命』(2005年/コンペティション部門監督賞)、『Un été brûlant』(2011年/コンペティション部門)、『ジェラシー』(2013年/コンペティション部門)
ベルリン : 『涙の塩』(2020年/コンペティション部門)
ガレル監督は説明不要ですね。三大映画祭全てでコンペ入りしているフランスの巨匠です。息子は俳優ルイ・ガレルで日本でもお馴染みですね。
「移動パペットシアターは、父と祖母の 3 人の兄弟の生業である。 パフォーマンス中に父親が亡くなってしまう。残りの家族はショーを継続し、シアターを存続させようとする。」という内容のようです。今まで恋愛を軸にしてきたイメージがありますが今作は家族の話ということでどうなるのか楽しみですね。
『Ingeborg Bachmann – Journey into the Desert』
マルガレーテ・フォン・トロッタ監督 (ドイツ / スイス / オーストリア / ルクセンブルグ)
カンヌ : 『ローザ・ルクセンブルク』(1986年/コンペティション部門)、『Paura e amore』(1988年/コンペティション部門)、『Auf der Suche nach Ingmar Bergman』(2018年/ドキュメンタリー)
ヴェネツィア : 『鉛の時代』(1981年/コンペティション部門金獅子賞他全五冠)、『L'africana』(1990年/コンペティション部門)、『ローゼンシュトラッセ』(2003年/コンペティション部門UNICEF賞)
ベルリン : 『Heller Wahn』(1983年/コンペティション部門)
こちらも説明不要の超大御所ですね。『鉛の時代』でヴェネツィアを制した女性監督マルガレーテ・フォン・トロッタ監督の新作です。実在したオーストリアの詩人インゲボルク・バッハマンとスイスの作家マックス・フリッシュの関係を描く伝記映画のようです。バッハマンに『ファントム・スレッド』ヴィッキー・クリープス、フリッシュ役に『アイヒマンを追え! ナチスがもっとも畏れた男』ロナルド・ツェアフェルトを配しています。
『ローザ・ルクセンブルク』『ローゼンシュトラッセ』と実話ものを得意とする監督だけに期待が高まります。
『Someday we'll tell each other everything』
エミリ・アテフ監督(ドイツ)
カンヌ : 『Das Fremde in mir』(2008年/批評家週間)、『Plus que jamais』(2022年/ある視点部門)
ヴェネツィア : なし
ベルリン : 『3 Tage in Quiberon』(2018年/コンペティション部門)
エミリ・アテフ監督はなんとあの大ヒットドラマ『キリング・イブ』の数話を監督しているそうです。カンヌやベルリンで順調にキャリアを築き、順当に選出された感じですかね。
「1990 年、旧東ドイツの暖かい夏を舞台に、若い女性が自分の 2 倍の年齢のカリスマ的な農家と関係を持ち始める様子を描いている。」ということです。女性とその農家がどのような関係を持つのか気になります。アダルトな内容なのか、それとも爽やかな内容なのでしょうか。
『Limbo』
アイヴァン・セン監督(オーストラリア)
カンヌ : 『Toomelah』(2011年/ある視点部門)
ヴェネツィア : なし
ベルリン : 『Beneath Clouds』(2002年/コンペティション部門第一回作品賞)
オーストラリア国内で数々の賞を受賞している方で、『Beneath Clouds』以来二度目のコンペ入りとなりました。主演のサイモン・ベイカーは『L.A.コンフィデンシャル』(1997)でアメリカ映画デビューし、ドラマ『THE MENTALIST メンタリストの捜査ファイル』(2008~2015)で主演を務めエミー賞などにノミネートされました。
「トラヴィス・ハーリーは、オーストラリアの奥地にある小さな町に到着し、20歳のアボリジニ女性に対する未解決の殺人事件を調査する。被害者の分断された家庭との絆を築きながら、トラヴィスは真実を解き明かす」という内容です。アボリジニの風俗を生かしたサスペンスというのはあまり例がない気がするので楽しみです。
『Bad Living』
ジョアン・カニージョ監督(ポルトガル / フランス)
カンヌ : 『Ganhar a Vida』(2001年/ある視点部門)、『Noite Escura』(2004年/ある視点部門)
ヴェネツィア : 『Mal Nascida』(2007年/オリゾンティ部門)
ベルリン : なし
カニージョ監督は1957年生まれ、80年代から活躍するベテランのようです。ポルトガル国内では数多くの受賞歴を誇り、『Sangue do Meu Sangue』(2011)ではサン・セバスチャン映画祭で二冠に輝いています。
「相続したホテルの安定のために戦う5人の女性を追う。解決不可能な葛藤を生きながら、家族内でまだ多くのことが語られていない。」という内容です。女性たちの群像劇でしょうか。どのような語り口なのか気になります。
『Manodrome』
ジョン・トレンゴーブ監督(イギリス / アメリカ)
カンヌ : なし
ヴェネツィア : なし
ベルリン : 『iBhokhwe』(2014年/短編/ジェネレーション部門)、『Inxeba』(2017年/パノラマ部門)
アカデミー賞 : 『Inxeba』(2017年/外国語映画賞ショートリスト入選)
南アフリカ出身のジョン・トレンゴーブ監督は『Inxeba』(2017)がサンダンス映画祭に出品され、アカデミー外国語映画賞ショートリストに入りました。今回が初めての三大映画祭コンペ入りとなります。主演にジェシー・アイゼンバーグ、共演にエイドリアン・ブロディとスターキャスティングとなっています。
「ガールフレンドの妊娠について葛藤しているラルフの人生は、不思議な男たちの家族と出会ったときに制御不能に陥る。」というスリラーのようです。ジェシー・アイゼンバーグだと『ビバリウム』(2019)を思い出す設定です。公開されているビジュアルもどことなく似ているような。
『Music』
アンゲラ・シャーネレク監督(ドイツ / フランス / セルビア)
カンヌ : 『Plätze in Städten』(1998年/ある視点部門)、『Marseille』(2004年/ある視点部門)
ヴェネツィア : なし
ベルリン : 『Ich war zuhause, aber』(2019年/コンペティション部門監督賞)
シャーネレク監督は日本での紹介作はありませんが、ペッツォルト監督などと並びベルリン派の代表的存在とされる人物です。『Ich war zuhause, aber(I Was At Home, But…)』は昨年MUBIで配信されており鑑賞しました。小津にオマージュを捧げたタイトル通り静かながらも非常に変わった作品でした。
「ギリシャで継父母のもとで育つ少年は20歳の時、無意識のうちに父親を殺害した。服役中に刑務所で働く女性と恋に落ち子供をもうける。彼らは実は母と息子であるという事実に気づかなかった。そして20年後、彼は娘と一緒にロンドンに住んでいて、視力を失い始めている。」という内容です。母と息子が子供をもうけるというなかなか恐ろしい設定が強烈です。父を殺し実母と結婚したギリシャ神話のオイディプス伝説に基づくのは確かでしょう。神話を取り込んだ作品は大好物なので期待が出来そうです。
『Past Lives』
セリーヌ・ソン監督 (アメリカ)
カンヌ : なし
ヴェネツィア : なし
ベルリン : なし
ロザムンド・パイク主演のファンタジードラマ『ホイール・オブ・タイム』(2021年/Amazon Prime配信)の監督を務めたセリーヌ・ソン監督の映画デビュー作となるようです。
「幼なじみのノラとヘソンは、ノラの家族が韓国から移住した後、引き離されてしまう。20年後、彼らは再会する。」という内容。アジア系という自身の出自を交えた恋愛ドラマでしょうか。なんとなく『ブルーバイユー』(2021)や『アフター・ヤン』(2021)などの韓国ものに連なる気がします。
『Afire』
クリスティアン・ペッツォルト監督(ドイツ)
カンヌ : なし
ヴェネツィア : 『Jerichow』(2008年/コンペティション部門)
ベルリン : 『Wolfsburg』(2003年/パノラマ部門国際映画批評家連盟賞)、『Gespenster』(2005年/コンペティション部門)、『Yella』(2007年/コンペティション部門)、『東ベルリンから来た女』(2012年/コンペティション部門監督賞)、『未来を乗り換えた男』(2018年/コンペティション部門)、『水を抱く女』(2020年/コンペティション部門国際映画批評家連盟賞)
ベルリン派を代表するペッツォルト監督の新作です。ウンディーネ伝説を下敷きにした『水を抱く女』は非常に素晴らしい作品でしたね。
「バルト海の別荘に住む友人たち。周りの乾いた森に火がつき、感情が高ぶる。」というあらすじですが、よく分かりませんね。スピリチュアルな人間ドラマ、という感じでしょうか。ビジュアルをみると少しSFチックでもありますね。
『On the Adamant』
ニコラ・フィリベール監督(フランス / 日本)
カンヌ : なし
ヴェネツィア : なし
ベルリン : なし
フィリベール監督はセザール賞4度のノミネートを誇るドキュメンタリー作家です。『ぼくの好きな先生』(2002)は英国アカデミー賞非英語映画賞ノミネートを受け、『音のない世界で』(1992)はカイエ・デュ・シネマのベスト10に選ばれています。本作もパリ中心部のセーヌ川の真ん中にあるユニークなフローティング構造の精神科センターを舞台とするドキュメンタリー作品です。
『The Survival of Kindness』
ロルフ・デ・ヒーア監督(オーストラリア)
カンヌ : 『The Quiet Room』(1996年/コンペティション部門)、『Dance Me to My Song』(1998年/コンペティション部門)、『Ten Canoes』(2006年/ある視点部門審査員特別賞)、『Charlie's Country』(2013年/ある視点部門)
ヴェネツィア : 『Bad Boy Bubby』(1993年/コンペティション部門審査員特別賞)、『The Tracker』(2019年/コンペティション部門SIGNIS賞)
ベルリン : 『Alexandra's Project』(2003年/コンペティション部門)
ヒーア監督は現代オランダ映画を代表する巨匠です。三大映画祭全てにコンペ入りし、今回は二回目のベルリンコンペへの参加となりました。
「砂漠の真ん中にある檻に捨てられた黒人女性が檻から脱出すると、彼女は砂漠から山、都市へと歩き回り、より多くの囚われの身となるものを探す。」という内容です。最後の文章の意味がよく分かりませんが、静かなサバイバル作品でしょうか。サバイバルと言ってもエンタメではなく精神の旅のようなアート系のテイストになるのでしょう。
『すずめの戸締まり』
新海誠監督 (日本)
カンヌ : なし
ヴェネツィア : なし
ベルリン : なし
新海誠、ついにここまできたか。日本のアニメ映画でのコンペ入りは宮崎駿『千と千尋の神隠し』以来、三大映画祭コンペに入ったのは宮崎駿、押井守(『イノセンス』)以来三人目ということになるでしょうか。
昨年の大ヒット作で、まさか今年になってベルリンに選ばれるとは。ドイツではまだ公開されていないということですよね。海外でどのような評価を受けるのか楽しみです。
『Totem』
リラ・アイルズ監督(メキシコ / デンマーク / フランス)
カンヌ : なし
ヴェネツィア : なし
ベルリン : なし
リラ・アイルズ監督はTVで俳優として活躍し、長編は二作目となるようです。デビュー作『La camarista』(2018)がサン・セバスチャン映画祭に出品されるなど各地の映画祭で上映され、メキシコ・アカデミー賞であるアリエル賞では第一回作品賞を受賞しました。
「7歳のソルは、祖父の家で1日を過ごし、父親のサプライズパーティーの準備を手伝っている。混沌がゆっくりと広がり、家族の土台が崩壊してしまう。」というあらすじ。子供の視点から見た家族の物語でしょうか。ダークな雰囲気が予想されます。
ということで以上、コンペティション部門の紹介でした。
日本であまり知られていない作家が多く、過去作も予習のしようがないですね…MUBIでも探してみたんですが全然ないんですよね。
まあせっかくなのでこの機会にペッツォルト、トロッタ、ガレルあたりの過去作を観てみようと思います。
個人的に気になるのは
『Till the End of the Night』クリストフ・ホーホホイスラー監督 (ドイツ)
『Disco Boy』ジャコモ・アブラジーゼ 監督(フランス / イタリア / ポーランド / ベルギー)
『Limbo』アイヴァン・セン監督(オーストラリア)
『Bad Living』ジョアン・カニージョ監督(ポルトガル / フランス)
『Music』アンゲラ・シャーネレク監督(ドイツ / フランス / セルビア)
『Totem』リラ・アイルズ監督(メキシコ / デンマーク / フランス)
あたりです。もちろんペッツォルト、トロッタ、ガレルも。
ベルリン上映作はあまり日本で紹介してくれないんですよね。公開してくれるといいなぁ。