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名古屋城桜まつりは大賑わい;信長に槍の又左、傾奇者慶次、7代宗春、忍者体操、お猿さんは大きくジャンプ…… [2/2]
名古屋城桜まつりの続きですが、今回は尾張徳川家7代・いかにも名古屋人らしい、派手好き傾奇者大名として知られる徳川宗春にフォーカスします。
[1/2]は:
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天守閣のまわりを1周したら、なんだか面白そうなコトやっています。
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「徳川宗春を大河ドラマにしよまい」という幟も掲げられ……
この「宗春おもち祭り」というのは、最初はちょうど10年前の名古屋城春祭りで、大村秀章知事と河村たかし名古屋市長が「宗春公を大河ドラマにしよまい」と掛け声を発し、もちをまいたのだとか。この頃はこのふたり、仲良かったのかな?
でも、コスプレサミットでは、大村知事が徳川吉宗に、河村市長が宗春に扮したそうなので、やはり仲悪い前提かな?
いずれにしても、我らが宗春に河村市長が扮したというのが気に喰わないねえ。
やはり政治家ではなく、例えば『金鯱の夢』の著者・清水義範さんぐらいにして欲しい。
舞台上では、徳川宗春にインタビュー、という形式で、
「どうしてあなたは知名度が低いのか?」
「大河ドラマになれば上がるんじゃないの?」
など話しております。
この、将軍吉宗に逆らって「クビ」になったトノサマ宗春、派手好き・江戸三河嫌いの名古屋人には大人気です。
何せ、名古屋城に併設された飲食街・金シャチ横丁にも、初代藩主の義直ゾーンと7代藩主の宗春ゾーンがありますが、ふたりを比べても、圧倒的に宗春がモテています。
大河ドラマになれば、名古屋人は悦びそうだけど、視聴率は下がりそうだな。
不人気だった「平清盛」を抜いちゃうんじゃないの。
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「どうして知名度低いんですか?」イヤなこと、聞くんじゃないよ。
「宗春知名度低いぞ問題」がステージ上で議論されているくらいなので、ご存じない方のために、以下、「宗春ロマン隊」HPから説明文を引用します:
享保年間(1700年代前半)、絶対的君主に近かったと言われる江戸幕府第八代将軍徳川吉宗公。享保の改革という倹約・緊縮財政で徹底した管理体制が敷かれ、祭礼式典の簡素化や花街や芝居などの規制をし、庶民の生活よりも幕藩体制の財政再建や立て直しを最優先にした結果、日本各地で飢饉と重税による一揆が続発しました。 当時のほとんどの大名や旗本が幕閣が主導する倹約・緊縮財政に追従していた中、ただ一人、幕閣の政策と反対の政策、積極経済政策をとった大名がいます。それが御三家筆頭尾張藩七代藩主徳川宗春公でありました。
徳川宗春公は大きな愛情と広い寛容な心を大切にする仁徳の政治を行い、芸どころ名古屋、職人の街名古屋、特産物にあふれた尾張藩を築いた人物です。先見の明があり、経済通で情報通。お洒落好きで文化を愛し、庶民を理解して命を大切にし、人間性の解放を謳い、大きな愛と広い心で明るく威風堂々としていた大名は他には見当たりません。 彼の想いこそ今の時代に必要なもの、心ある方々に徳川宗春の事を知っていただき、彼の想いを実践していただければ幸いです。
ここには書かれていないけど、宗春は、巡視する時には、朝鮮通信使の姿に扮したり、歌舞伎・能の派手な衣装で出かけたり、白い牛に乗って城下町に出たりなど、民衆が喜ぶ服装を工夫したそうです。
今でいう《コスプレ》ですな。
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この特徴的な帽子を、河村市長が被って扮した写真を見ました……
ただ、この傾奇者トノサマによる、風俗・娯楽の開放政策・積極的な経済成長政策により、名古屋は急速に大都市に発展した一方、藩の財政は赤字に転じたとの説があります。彼個人の遊興費もハンパじゃなかったようなので。
……などと「宗春ステージ」から「鯱食堂」の前を歩いて来ると、
おおっ!
元祖・傾奇者三人組が歩いて来るではありませんか!
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武将隊にはこの他、秀吉や清正もいるのですが、この日「傾奇者トリオ」が選ばれたのは、芸どころ名古屋を創ったトノサマ宗春とのコラボはこの3人しかいない!というわけでしょうか?
3人はこの後、二の丸広場で演武、続いてファンとの撮影会を行っていました。
武将隊には、各人を「推す」コアなファンがいるとのことで、この日も、写真を撮るだけでなく、ひとりひとり、けっこう時間を取って「オハナシ」してました。
「坂本龍馬推し」のように歴史上の人物そのヒトではなく、そのヒトに扮したヒトを推す、というのは、オハナシできるメリットもありますが、少々《生々しく》もありますね。
私自身、どちらかといえば傾いている方なので、この傾奇者トリオ+コスプレ殿様をお見かけしたことで、とってもいい1日になりました。
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好天と、土俵際で踏ん張った桜と、「ビール吞んでいいよ」と言ってくれた運転役に感謝!