スーパー・らくだで《涼み隊》(短編小説;4000文字)
暑い。とにかあく、暑い!
『暑い』と口にするだけでも暑い。『暑い』と言わなくても暑い。
家でも暑いし、通勤途中も暑い。
とにかく早く、エアコンの効いた職場、スーパー・らくだに逃げ込みたい!
**********
「……チーフ、あの人たち……ずっといますね?」
「……ああ、《涼み隊》? ……最近……外は暑いから……仕方ないわね」
1週間前からアタシ、気になってる ── 何も買わずにイートイン・コーナーでたむろしてるお年寄りが6,7人いるのだ ── しかも、いつも同じ顔ぶれで。
「え、《涼み隊》? ……あの人たち、ただ、涼んでるだけなんですかあ?」
「……まあ、気持ちはわかるんだけどね」
休憩室でも話題になった。
「でも、ここで買ったお弁当を食べようとイートインに来た本来のお客さんが坐れないのは、困ったものよね」
中島チーフは浮かない顔だ。
「何か買い物してくれてるんなら、まだいいんだけど……」
「え! あの人たち、何も買わないんですかあ?」
「そりゃそうよ ── 《涼み隊》なんだから……涼みに来てるだけなんだから ── スーパーって生鮮食料品販売が主体だから、なんだかんだ言ってもエアコン強めだし」
長野先輩は諦め顔だ。
「イートインも同じフロアだからね」
「はあ……」
アタシは絶句した。
ここ、スーパー・らくだのイートイン・ゾーンには、カウンター席が5、2人用テーブルが6置いてある。《涼み隊》はたいていテーブルを3,4台占領して、無料の水を紙コップで運び、くつろいでいる。
「『ここは店内でお買い上げの飲食物を召し上がっていただくコーナーです』って貼り紙はあるんだけどね」
「……追い出すわけにもいかないもんね」
「歩美ちゃん、なにかいいアイディア、ない?」
「うーん……市民プールの体操時間みたいに、30分おきとか1時間おきに、『清掃タイムでーす』と全員イートインの外に出てもらうのは? ……それを機に帰ってくれるとか……?」
「ダメよ、そんなの。食事中の人まで外に出てもらうことになっちゃうじゃない!」
「あ……そうか」
「今回は難問よねえ ── 歩美ちゃんにも……さすがに」
「うーん」
今度ばかりは心の中で言うしかなかった。
(なんとかしなくっちゃ……でも……なんとも……)
「ねえねえ、《涼み隊》って呼ぶからには《隊長》がいるんですかあ?」
「え? ……そんなの、いないでしょ」
「アタシらが勝手に呼んでるだけだし……」
「あ、……でも!」
「あ、……成瀬のおばあさん!」
「うーん……リーダー格かもしれないわね」
その人は ── 年は75歳前後、小柄だけどきびきび体が動くシニア女性で、確かに遠目にも一番よくおしゃべりしているように見える。
(よし、まずは《隊長》について調べてみよう!)
アタシは聞き込みを開始した。
最初は中島チーフや仕事仲間から情報を集め、続いてイートインに紙コップを供給したり、ゴミ箱チェックやテーブル拭きのような仕事を買って出た。
《涼み隊》はざっくり ── もちろん日によって多少の出入りはあるけれど、バーサンズ4-5人、ジーサンズ2-3人 ── てなところみたい。
『仕事っス』風を装いながら、《隊長》はじめ《涼み隊》のメンバーにもにこやかに挨拶をして、さりげなく話を聞いた。
耳をダンボのように広げて取材した結果、かなりの情報を得た。
「……まずね、あの人たち、ゲートボールつながりらしいの。時々河原でプレーしていたんだけど、この暑さでしょ、とてもじゃないけどやってられないって、ここにたむろしてるってわけ」
「じゃ、家にいないでここに集まるのは、単におしゃべりしたいから?」
「そればかりじゃないんです。あの人たち、子供さん一家と同居していて、昼間はひとりきりになるお年寄りが多いんです」
「── だから?」
「子供一家と同居してるから、スーパーでの買い物もほとんどしないんです。それに昼間、ひとりしかいないのにエアコン付けるの、もったいないって感じてるみたい。でも、ひとり暮らしじゃないからゲートボール仲間を家に呼ぶのも気が引けるってわけ」
「なるほどね。喫茶店にたむろするのもいいけど、別にコーヒー紅茶が飲みたいわけじゃないし、スーパーのイートインならお水もタダだし……」
「……じゃあ、対策のしようがないわね……まあ、今の暑さが峠を越したら河原のゲートボール場に戻っていくわけね」
ため息つきながら冷たいお茶を口にした山口さんにアタシは手を振った。
「それが……ダメなんですう」
「なんでよう?」
「河原のゲートボール場、秋から工事に入って、子供用のサッカー練習場になるんだって! ゲートボール場は3キロぐらい下流に移るんで、みなさん、あんなところまで歩けないよ、と言ってるんです!」
「……あららら」
「それにしても、歩美ちゃん、よく調べたわね」
「スーパーより、興信所か警察で働いた方がいいんじゃない?」
「……えへへ」
「それはともかく ──」
とさすがに中島チーフが脱線を食い止めた。
「── 現状がずっと続く可能性があるってわけね」
「です! ……何も手を打たなければ」
「……でもねえ……」
「……手荒なことはできないしねえ」
「当り前じゃない!」
休憩室の仲間もみんな考え込んでしまった。
でも、アタシにまったく考えがなかったわけじゃない。ただ、ひとりではどうにもならないこともある。
**********
そのアイディアを話した時、中島チーフは顔を顰めた。
「そりゃ今、人手は欲しいけど、それ、ぜったい逆効果! 今まで以上にイートインにたむろするわよ!」
「そんなことないです!」
アタシは高校時代、回転寿司屋でバイトしてた時の話をした。
「……そんな風にうまくいくかしら」
「やってみる価値はあると思います!」
というわけでアタシ、成瀬《隊長》への個人的接近を試みた。
「……あのう」
《涼み隊》がそれぞれ家路についた夕刻、ひとりイートインに残っていた《隊長》に声をかけた。
「もし、失礼だったらごめんなさい。アタシ、ここで働いているんですけど……」
「あ、知ってるわよ。よく挨拶していただいてるから」
《隊長》は言葉も丁寧だ。表情も『ニコヤカ』かつ『ツヤヤカ』で、腰もシャンと伸びてるみたい。これならイケる!
「実はこのスーパー、今、パートタイマーを募集してるんです」
店内に貼ってある求人のチラシを見せた。
「パートって、レジ? こんなおばあちゃんだから難しいことできないわよ」
《隊長》は手を振ったけど、顔はにこやかなまま ── 失礼にはなっていないみたい……良かった!
「いえ、レジじゃなくって、ひとりでかなりたくさんの仕事をするんです ── 少しずつなんですが」
アタシは、求人中の仕事内容を説明した。
① サッカー台(レジを通り過ぎたところにある、お客が袋詰めする作業台をこう呼ぶ……変なの!)の管理 ── 汚れていないか、ポリ袋ロールは足りているかなど。
② 製氷機の管理(開けっ放しになっていないか、氷の量は十分か、ポリ袋は……)。
③ レジで問題があった時、例えば商品価格で誤解があって、値札タグの確認のために売り場に行ったり、お客さんが「じゃ、買うの止めた」という品を戻してきたり……要は雑用全般。
── そしてそして、ジャーン、
④ イートイン・コーナーの管理(台拭き・ゴミ箱の状況チェックなど清潔・清掃の目配り、ウォーター・サーバーの残量や紙コップ数の確認など)
中島チーフが心配したのは最後のコレだ。
「なんだか、たいへんそうなお仕事ねえ……」
「そう、たいへんなんです!」
こんな時に、楽な仕事です、なんてぜえったいに言ってはいけない。
「たいへんだけど、とても重要な仕事なんです!」
これはホントだ。でも、いつも歩き回って目配りしていなきゃならないこの仕事、若手は絶対やりたがらない。前任者もシニア女性だった……自宅で転んで膝を痛めて辞められたけど。
── それ以来、レジ係が交代で目配りしている。
「その仕事、年齢制限とかあるんじゃないの? ……いやね、家でぶらぶらしてるのもなんだから、働いてみようかなって思ったこともあるんだけど……」
これも『アルアル』だ。
実際、スーパー・らくだだって前は年齢制限を設けていたらしい。でも今や、そんなこと言ってる接客業は人手不足で回って行かない。
「……そうねえ……ま、考えさせて」
「はい、ぜひ前向きに!」
**********
「……歩美ちゃんの言ったとおりになったわね」
中島チーフがささやいた。
この話題はもう、休憩室ではできない。成瀬《隊長》、いや、元《隊長》がメンバーに加わったからだ。
そう、アタシの勧誘後間もなくして、元《隊長》はスーパー・らくだで働き始めた。
「初日だけだったわね、《涼み隊》がイートインでたむろしてたの。……成瀬さんが何か言ったのかしら?」
── 違うと思う。
高校時代、アタシが回転寿司店で働き始めた時の話だ。
最初は面白がって友だちが何人か店に来た。アタシもうれしくって、
「あ、いらっしゃあい!」
なんて大声出して、おまけに手が空いた時はちょっとおしゃべりしてた。ここだけの話、会計の時に皿の数を少なくカウントしてあげたこともある。
……でも、アタシの対応は次第に事務的なものに変わった。友だちもすぐに来なくなった。
それは、お店で働くうちに、アタシ自身が『お店側の人間』、もっとはっきり言えば、アタシのココロが『経営側の人間』になってきたからだ。友だちもその変化を敏感に感じたんだと思う。
高校生バイトだってそうなんだ。ましてや長い人生をたどってきた元《隊長》や《涼み隊》のメンバーにわからないはずはない ── 元《隊長》がスーパー・らくだの『経営側の人間』になった気配を。