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最近のできごと(10月上旬)

■通院(10月初旬その①)
 リスペリドン(薬名)の消費が早くなり、いつもより一週早めに通院。主治医に9月末に起こった母との和解について話す。オット曰く「オレが知る限り昔からパパもママもひさこちゃんのことを理解しようとしていた」らしいが、「ようやく想いをキャッチできるようになったんだね」と主治医の見立てを聞いてなるほどと思った。病気の根源となっていた親との和解は、大きく前進した証拠。
 それでも境界性パーソナリティ障害の本がたくさん家にあるが、読了できていない。読んでいると自分への怒りが湧いてくることが多い。

■認知症の義祖母(10月初旬その②)
 認知症の義祖母が足を骨折して入院。骨折が完治しても家には戻らず、介護施設に入ることになった。近くで介護をしていた義母は自分を責めている。入院で寂しい思いをさせていること、完治後も自宅で介護をしたいがそれはもう体力的にも精神的にも認知症の進行的にも限界なこと、今も義祖母は家に帰りたいと毎晩泣いていること。仕方がないけれど受け入れなければならないことが一気に起こりすぎて、義母は疲弊している。
 先月オットと共に帰省したときは、あまりにもいがみ合う義母と義祖母の姿を見て、いたたまれない気持ちになった。肉親の介護とはこれまでの母娘の関係性を見直し、逆転させ、不条理を受け入れる作業だ。それに伴う戸惑いや悲しみをひっくるめて介護と呼ぶ。
 ただ、ゆるやかに別れに向かっているのだと思う。できないことや受け入れなければならないことが増え、認知症は進んでいく。

■(10月初旬その③)
 何者にもなれない自分にを嫌になることがあるけれど、好きなフォロワーさんの日常ツイートを眺めたりすることでなんとか精神を保っている気がする。

■仕事と勉強について(10月中旬)
 校正の勉強をはじめ、これまで自分が編集者として培ってきた校正の知識があまりにも自己流だったことに驚愕する毎日。勉強は発見があって楽しいが、勉強したものを身に着け、経験として体に染み込ませるこれからの作業が大変。
 仕事は入れず、単調な原稿だけは単発で受け、ここ2年全く進捗がない言語の本の編集作業をちょっとずつ進める毎日(この言語本のギャラを時給換算したら2桁になると思う)。
「仕事やだな」と一般的に感じる感覚と同じような地点に来られている気がする。前はちょっとでもやだなと刺激を感じると、リカバリ不能になるだけだった。ふさぎ込みやすい性格が、どこまで病気なのか、甘えなのか、自分の性格なのか、わからなくなる。駄目な自分をコントロールできてないことだけは事実。
 私は天気に大きく左右されるので、雨が上がり、青い空が広がっているととたんに前向きになれる。これも仕事を入れてない余裕のある今があるからこそ気づいたこと。




今度一人暮らしするタイミングがあったら猫を飼いますね!!