設計者がやりたくない業務TOP3「概算見積り」を考える。 【後編】
先々週書いた記事の後編です。
「やりたくない」なんて、仕事人が書いていいんかいな。と後編を書き始めた今になってアワアワしていますが、後悔先に立たず、書き切るべし。
前編で言いたかったのは「見積りをとる」ときに、見積りをとりたい自分と見積りを出してくれる人「以外」の人が関わってくる場合があり、その場合が面倒なんだよ。ということでした。
ここに「やりたくないなぁ」と思ってしまう根本があるのです。
前編はこちら↓
今日の記事、長いので目次入れますね。
なぜ、やりたくないのか?
まずはここからですね。
なぜ概算見積りを「できるなら」やりたくないのか。
それは、「だいたいで良い」の意味でつくる見積り金額が、提出したそのときから最後まで、決定した予算として扱われるからです。
プロジェクトが進むと設計図書が完成し、それを以て工事会社に見積りを依頼し、実際の工事金額が算出されます。(ここまで数ヶ月の時間がかかります)
その工事金額が概算見積りより低ければなんの問題もありませんが、高い場合は概算見積りの金額になるまで、クオリティを下げたり、工事箇所を減らすなどして減額をする必要があります。
「概算」とは上振れも下振れも許容することばのはずですが、上振れは許容されない。ゆえに概算とは決定した予算である、と読み替えなければならない。
工事費用が概算を超えてしまった場合「なんで概算を超えたのか、、」というクライアントサイドからの批判の心の声が聞こえてしまいます。
実際そうおっしゃっているわけではないですが、そう思っているように「感じて」しまう。
本来の意味通りの仕事をした結果なので、気にする必要はないのかもしれませんが、プロジェクトに対して実際的な負の影響も与えてしまうこともあり、どうしてもネガティブに受け止めてしまいます。
これはそういう性格だからだなと自分でも思います。
小さなことは気にしないワカチコな心の持ち主からは、なんでそんなことで悩むの?という声が聞こえてきます。
しかしながら、やはり気になってしまう。それは仕方がない。
そして毎度モヤモヤする。
だから、できたらやりたくないんだよなぁ。。と思ってしまうという訳です。
このような、設計者には(僕には)荷が重たい「概算」ですが、そもそもなぜ必要なのでしょうか?
概算見積りが必要とされる理由
1.プロジェクトを企画する段階で必要だから
どんな事業でも、初期の段階で事業にかかる売上と費用の予測は欠かせません。
そして何かを売るためには、お金や時間をかける必要がある。
これが初期投資ですよね。
noteのように、無料プランを選択し、時間をかけて頑張って記事を書き、有料記事にして売上を得る、といったことが事業ならば、初期投資にお金はかかりません。
しかし、僕たちが手がける建築を伴う仕事は、建物の新築やリノベーションが必須であり、そこには多額のお金がかかります。
このような建築のプロジェクトにおいて、概算見積りをせずに進めるとどうなるでしょうか?
仮に、ホテルの開業プロジェクトで、お金に関して次のように策定したとしましょう。
月々の売上予測は500万円
月々の経費は450万円
残った50万円の内35万円を初期投資の毎月の返済に充てる
最終的に残った15万円を修繕費やサービス向上のための投資費用として確保しておく。
このように推測して、売値を決めたり(それはイコールターゲットを決めること)人を何人雇うか、などの事業詳細を決めていきます。
ここまで決めてはいるけど、実際に工事にかかる金額はまったく予測していない状況です。けれどもそのまま進めます。
そして設計も完了し工事見積りを取得したところ、銀行への月々返済額が70万円になる工事費用だった。
こうなると話が変わってきます。毎月赤字になる。
それはまずい、ということで月々の収支がマイナスにならないように、以下の手立てを検討します。
①工事費用を削る
②売上を高く設定する
③経費を削る
④返済期間を延ばす(月々の返済額を小さくする)
これらの手立てを「ターゲット層が決まっていて、販売価格も決めて、工事期間もおおむね決定し、開業日の想定もできていて、なんならプレスリリースの準備も終わっている」状態ではたして実施することができるでしょうか?
できなくはないですが、この時点からかなりの時間がかかるでしょうし、設計の見直しが大掛かりになるのであれば、追加費用もかかる。
いいことはひとつもない。
そして想定していたオープン日は当然延期になってしまいます。
このような状況になることを防ぐために、プロジェクトの企画段階で、初期投資がいったいいくらになるのかを、できるかぎり高い精度で算出する。
そうすれば、プロジェクトが進んだ後での手戻りが少なくて済む。
この意識が概算見積りを必要とする理由です。
2.実際の工事金額を出そうとすると時間とコストがかかるから
プロジェクトの企画段階で、実際の工事費を出せばよいのでは?
と思われる方もいるでしょう。
「概算」なんて曖昧なことをしなくても、工事業者さんに見積りを取ればよいではないか。と。
これが難しいんですよね。
なぜなら、実際の工事費を算出するためには、設計を完了させなければならないからです。
「設計を完了させる」ためには、たとえばソファの生地を選んだり、設置する照明器具を決める、その配置や数も決める、観葉植物の種類や大きさを決める、壁の仕上げはクロスなのか、クロスならばどのメーカーのどの品番にするか、いや特注でオリジナルの絵柄のクロスをつくるのか、といった空間を構成するすべての要素を確定させなければなりません。
これらの要素を、まだ空間のデザインコンセプトも確定していない状況で確定させることはできません。
できると思った方は是非考えを改めてください。
無理です。
設計を完了させるには時間とお金(設計監理費の一部)がかかるので、プロジェクトの初期段階では工事費用を推測する「概算」に頼ることになるという訳です。
概算金額を実際の工事費が超えてはならない理由
なぜ、やりたくないのか?の章で
と述べました。
実際にプロジェクトにおいては概算金額は予算とイコールになることがほとんどで、超えてはならない大きな指標になっています。それはなぜでしょうか。
1.事業計画をやり直す必要があるから
一つ前の章で述べたとおり、計画段階で見込んだ金額と実際の工事費の乖離が大きいと、事業計画におおきな影響を及ぼします。
販売価格や経費についての再考を迫られるし、スケジュールに影響します。
ゆえに概算とはいえ実質的な予算になるのです。
2.銀行融資は事業計画書に沿って実行されるから
事業をはじめようとする人のほとんどは、その資金を融資によってまかなうと思います。
融資をとりつける際に提出するのは、事業計画書であり、そこに記載される必要な費用のほとんどは、概算によって算出された推測された数値です。
近い未来にやりたいことをプレゼンする段階においては、いちはやく進めたいと前のめりになっているし、手持ち資金もないため、工事費用を正確に算出するために設計者にお金をはらって依頼をし、数ヶ月を待つような余裕はありません。
よって「工事費はだいたいこれくらいだろう」と推測した数字を事業計画書に記載するわけです。
銀行が事業計画書の内容を評価し、問題ないと判断したら、その書類にかかれた必要とされる金額を融資します。
このような状況で、後日実際に出てきた工事見積りが融資額を上回っていたらどうなるでしょう?
支払いに使えるお金が足りなくなります。
この状況での追加融資は、結構ハードルが高いです。
もちろん貸してくれることもありますが、計画とあまりにかけ離れているようだと、経営者の能力に疑問符がついてしまうので、あまりいい関係になれない可能性もあります。
このような理由があるので、結局のところ概算という数字の意味はやはり予算となってしまいます。
概算より実際の工事見積り金額を超えてしまう理由
概算より実際の工事金額が高くなってしまう理由のひとつに、希望的観測バイアスがあります。
これくらいの費用で、こんなクオリティのデザインの空間が「できたらいいな」と夢がふくらんでしまい、「これくらいの費用でなんとかなるだろう」と工事費用を低く見積もってしまうのです。
これは夢を描いて妄想する時だけでなく、企業がつくる事業計画書でも同じようなことが起こります。
やりたい事業企画を通したい一心で、費用を低く見積もってしまう。
そうすると、企画が通ったは良いものの、進めていくにつれ想定よりも高い費用見積りがデスクにならび、みるみるうちに顔色が悪くなっていく、、、
そうならないためにも、なるべく正確な概算を得なければなりません。
このあたりに概算を取り巻く難しさがひそんでいるよなぁと、もう20年ほど悩みつつ、今現在も効果的な解決方法をみつけられないでいます。
概算が難しい理由
概算ってなんでそんなに難しいのでしょうか。
1.参照できる工事費用のデータが乏しいから
概算金額の提出に毎度やきもきするなら、もっと精度を上げて積算すればよいと思われるかもしれません。
精度を上げることが可能な場合はあります。
それは過去に何度も同じような業態、規模、デザインの設計を経験したことがある場合です。
たとえば、全国にチェーン展開している牛丼屋さんの175店舗目を担当する場合、お話をいただいた2時間後には±5%程度の精度で工事費用の概算ができると思います。
なぜかとは言うまでもなく、過去に174店舗、同じ業態、規模、デザインのお店をつくってきたからです。
174店舗分の工事費用のデータさえあれば、何も怖いものはない。
この事例と真逆の状況での概算が難しい、と言っているのです。
初めての業態・規模・デザインの空間デザインにチャレンジするときは、参照データが非常に乏しいので、概算の精度が悪くなるということをご理解いただけるのではないでしょうか。
2.自分で工事をするわけではないから
自分で工事を請けるならば、概算精度も上がるかと思います。
何せ自分が販売価格を決める立場で見積りをするので。
しかし、設計者として概算見積りをする場合は、他者が実施する工事の金額を推測するしかありません。
この材料は、工事会社はいくらで仕入れることができるのだろう?
工事会社はどれくらいの利益を取りたいと考えているのだろう?
社員の給料を反映する会社経費はいくらになるのだろう?
だろう?だろう?の連続になります。
そんなん知らんがな、とも言いたい。
フェルミ推定とか、想像することが得意な人にとっては苦なくできる作業なのかもしれませんが、凡人には結構難しいんだよ。ホント。
概算からの解放! AI技術、発展はよ。
正確な概算見積りをつくることの重要性は十分すぎるほど理解しつつも、今現在も効果的な解決方法をみつけられないことはすでに述べました。
この状況を打破してくれるだろうと期待をよせるのはAIです。
現在さまざまな場面でその有用性をみせつけているAI。
法整備が十分でないこともあり、AIをつかう上での問題は多々あるものの、概算見積りをつくるAIの開発はさほど難しくないように思います。
人間の心情や感性を表現するわけではなく、過去に蓄積された膨大な建設費に関するデータと、その設計データを十分に収集できれば良いからです。
データさえ集まれば、あとは機械的にアルゴリズムが動いて計算をしてくれる。
そうなれば、デザイナーはいままでよりもデザインに集中できるので、よりよいアイデアを出すこともできるようになるでしょう。
なにより、机上の空論でつくった数字に対して顔をよせあって議論をするといった、なんと名付けたらよいかわかりませんが「仮想空中戦」みたいなストレスフルな状況に身をおかなくてすむ。
精度の高い概算AIをつくるには、全国の建築家やデザイナー、工事会社が協力してデータを供与する必要がありますが、このハードルを超えさえすれば、、
総務省統計局からときおり経済指標のアンケート依頼が届きますが、これくらいの規模でデータを半強制的に吸い上げて欲しい。
そんなアンケートが届いたら「忙しいのに!」と思ってしまいそうですが、少しの時間を投資するだけで、その先には大きな自由時間のリターンを得られるので、面倒くさがる人も納得できるのではないか。
ほしいでしょう?自由時間。
なので、国がそんな動きをしたとしたら、同業および工事業者のみなさんには是非協力して欲しいと思います。
以上です。
今日の記事はnoteをはじめてから一番長い記事になりました。
言いたいこと、溜まってたのだなと実感。
ちいさな会社とはいえ、経営者の立場になって年数が経つほどデザインに純粋に向き合う時間が減ってしまいます。
なんとかしてその減った時間を確保したいと望むこの頃です。
ではまた来週。
こんな長い記事を最後まで読んだ新人デザイナーさんは、こちらの記事もよんで、同期に差をつけよう(笑)