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「ペンが書けなくなるまで」1-3
バイトは池袋にあるありふれたチェーンカフェ店のウェイターだ。店は小洒落たSNS映えするようなカフェでもなければ、今日行った趣のあるような喫茶店でもない。メニューも一周回って擦り切れたようなものしか置いていないし、店内はなんともこれと言って特徴のない内装だ。
俺はこのカフェに、まあ、なんというか、同情してしまう。特筆すべきところがない。まるで俺のようだ。
無駄に重いドアを押し開け、無理やり作ったような狭い更衣室で支給された制服を着て、既に出勤している人らに挨拶をする。
「ちわっす」
「おー、来たか冬真」
確か社員さんだな。名前が出てこない。俺は目線を少し下げて名札を確認する。”TOMIZAWA“と言う名前を一瞥して、ああ、そんな名前だったなと思う。
この人は俺よりもだいぶ年上だと言うのに、大学生の先輩、みたいなノリが抜けない人で、どうも苦手だ。
「お疲れ様です。トミザワさん」
「今日全然客が来ねえんだ。ヒマよ、ヒマ!」
「まあ、いつもこんなもんじゃないですか」
業務は至って簡単で、レジ打ちにドリンク作り、食事の配膳、在庫の確認や店内清掃といったところか。
夕方の時間から深夜まで働くことを毎週繰り返し、親の仕送りと合わせて、なんとか大学生生活の一人暮らしを成り立たせている。
もうすぐ二年も働いている事になるのだが、人付き合いが苦手な俺は、仕事仲間の名前もすぐ出てこないような有様だった。
こんな俺を採用した店長は、気まぐれに顔を出しては何もせずに帰っていき、忙しい日だけ別店舗から社員を派遣してくる。あとの店員はみんなバイトだ。仕事はそう大変じゃないし、時給もそこそこいい方なので、ダラダラと続けている。
「ヤニ休憩、いいっすか」
「おーう、行ってこい。席、空いてるはずだから。B卓の客が帰ったら締めだから、それまでゆっくりしてきていいぞ」
「ありがとうございます」
俺はいつもの「バイト休憩セット」を持ってテラス席手前、仕事仲間の間で休憩テーブルとして暗黙の了解となっている席に着く。
「バイト休憩セット」とは、Zippoライターと煙草に、ノートとペンを加えた四点セットのことである。
俺は趣味でWeb小説を書いている。特別売れっ子でもなんでもない。本当に、ただ趣味だった言葉遊びに毛が生えたような、お遊びの文章をつらつらと書いては投稿している。
当然、俺の文章を読むような物好きがいるはずもなく、閲覧数は一桁止まり。所詮自己満足に過ぎなかったが、文章を書くのが好きだったので、こうもダラダラと意味もなく続けている。その小説の構想をバイトの休憩時間に書くのが俺の習慣なのだ。
Zippoライターをカキン、と鳴らして煙草に火をつける。きつめのメンソールが深呼吸と共に肺を満たしていく。
今日は思うようにペンが進まない。煙草を咥え、テラス席へ出て、今度は夜空を見上げてみた。オリオン座のオリオンベルトらしき星々が見えるが、ビル群が作る都会の小さな夜空では、きっとプラネタリウムの星座も入らない。
そうしてノートにいよいよ一文字も書かないうちに、最後の客が帰ったことで俺の休憩も終わった。