世代間格差を感じる話

なんだかな、最近、世代間格差ってことをよく感じる。

年の功とか、年寄の知恵とか言うんだけど、今は完全に逆転しているんじゃないかって感じるんだ。

多くの分野で年寄よりも若い人たちのほうがよほど優秀なんじゃないかって思われる場面をよく見るようになった気がする。

もちろん、高齢者でも優秀で、社会全体や会社や地域に絶対に欠かせない知恵袋、っていう人は多いことだろう。でも、世の中の知恵袋になれなかったのに、「自分は敬われて当然の年寄だ」って顔をしている高齢者が増えているのは確かだと思う。

しばらく前に、どうしても他の病院がやっていなくて、休日診療みたいなところに駆け込んだときのこと。少し大きな病院の救急に、70歳を超えていると思われる高齢の医師がいた。

近所の開業医には、愛想の悪いお医者さんも、愛想だけはいいけれども誤診や手遅れになった患者の噂が絶えないお医者さんもいるけれども、その時のお医者さんもなんだか面白かった。

本人は愛想を良くしているつもりなんだろう。なんか人を小馬鹿にしたような微笑みをたたえている。そして、こちらの病歴を根掘り葉掘り聞いてくる。

いや、今、ちょっとした風邪症状でかかっているだけなんですけど、とりあえず苦しいので、今日、必要な風邪薬だけ出していただければ、なにか心配な症状があれば、明日以降かかりつけに行きますので、そんな風にやんわりと伝えてみても、根掘り葉掘り聞くことを辞めない。

ちゃんと答えないと、今日必要な薬も出してもらえなさそうだったので答えると、「ああ、それは遺伝ですね。それも遺伝でね、ご家族にこういう人いたでしょう」

あの~、今日のこの風邪症状に関係ある話でしょうか?

根掘り葉掘り聞かれた病歴は、ほぼ全てが家族遺伝と絡めて語られて、結局風邪薬が出された。

いや、今日の症状に関係ない病歴に、家族の遺伝が関係していたとして、結局かぜ薬だけかい!って大いに突っ込みたくなったけど、おそらくその医師は遺伝がご専門なんだろうな、と想像した。

少し大きな病院なので、当番で休日診療にあたっていたのだろうが、恐らくすべての患者を自分の専門の遺伝学に絡めないと診ることができないような医師なのだろう。

年代を考えると、大いに納得できる。医師としてのホスピタリティの必要性が語られるようになったのは、確か、私が大学生くらいの頃で、30年近く前の話だ。

とある大学の医学部で、1人の教授が医師の上から目線の殿様診療に疑問を抱いて、全国で先駆けて、自分のところの学生を老人ホームへボランティアに派遣した、という話を新聞か何かで読んだ記憶がある。

そうしたら、診察室で見学中に、老人ホームでボランティアをした医学生が、転びそうになった高齢の患者に、さっと手を差し伸べる、という行動ができるようになった、ということが書いてあった。

ってことは、それより前の医師というのは、自分の診療中の患者が転んでも、放っておいた、ってことかな?もしかしたら、それは看護師の仕事だと考えていたのかもしれない。

それから、医師のホスピタリティということが広がっていったのだろうか?10年くらいして、私も子どもを持って、子どもの風邪やアレルギー、捻挫なんかで頻繁に病院に通うようになってから気がついた。

お医者さんが以前よりも優しくなった、って。

私が子供の頃は、個人開業のクリニックでも、患者に対して上から目線で、怖い先生が多かった。でも、最近はまるでレストランででも接客されているような気分になるような、腰の低い、愛想のいい先生が増えてきたようなきがする。

そして、その先生たちは、今の年代でいえば、おそらく40代よりも下の先生に多いと思う。アラフィフの私が大学生くらいの頃から、医学部で患者さんに寄り添った態度やコミュニケーションが教育され始めたのだとしたら、コミュニケーション能力が高い医師は40代よりも下の世代に増えていることになる。

コミュニケーション能力の高さを感じるのは医師だけではない。たまに家の修繕に来てくれる水道屋さんや大工さんにも感じる。

年配の職人さんは愛想が悪くて、自分の仕事だけやっていればいい、という人が多いけれども、若い人はしっかり目を見て、必要なことをわかりやすく説明してくれる人が多い。営業じゃなくて職人さんなのに、

そういう教育をしっかりとやる会社が増えてきたってことなのかもしれないけれども、今の若い人たちは広い分野でとにかく優秀だと感じる。

そういう若い人たちが増える中で、愛想が悪くて、仕事だけしかできない、視野の狭い高齢者たちがどんどん浮いてしまうのもわかる気がする。

かといって、若い頃、おそらくバブル時代に社会人デビューをして、イケイケドンドン、セクハラ・パワハラなんて言葉もない時代に価値観を育んでしまった人たちに、その価値観をこれから転換しろ、というのも土台無理な話だろう。

高齢者も動けるうちは仕事をしてもらわないと困るだろうし、収入の面からも働かざるをえない高齢者も増えている。平均寿命が伸びていく中で、元気で頑固で、価値観が凝り固まった高齢者はこれからますます増えていくだろう。

コミュニケーションの絶望的な断絶が起きている中で、その辺りがどうなっていくのか、社会バランスが取れるのか心配になっていく。

でも、それ以上に、自分自身がそういう絶望的に若者の価値観を理解して寄り添えない高齢者になっていく可能性がちょっと怖い。

若い人たちに媚びを売るつもりもないし、自分の子ども以外にコミュニケーションを取るような場はないだろうけど、自分も下手をしたら頑固で価値観を押し付けるだけの高齢者になりかねない、という自覚だけは持ちながら、柔軟な感性を保ち続けることは大切だと感じている。


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