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『トゥルーマン・ショー』をスピリチュアル的に観る

先にお伝えしますと、

私は霊感もなければ
スピリチュアルパワーが強いわけでもありません。

ただ「スピリチュアルに興味がある」というだけなので
このnoteには根拠もないですし、単なる映画感想文なのですが

それでも「こういうことなんじゃないかな〜」と感じたことを
残してみたくて書いております。


amazon prime video『THE TRUMAN SHOW』

ジム・キャリー主演 『トゥルーマン・ショー』
1998年公開のアメリカ映画です。

トゥルーマンは保険会社の平凡なセールスマン。しかし彼は自分の生活が
少し変だと思い始めた。もし自分の人生が、実は“演出された作りもの”
だったら…?
鬼才ピーター・ウェアー監督のもと、才人ジム・キャリーが絶妙な
名演技を見せて絶賛されたヒューマン・コメディの傑作。

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自分以外が全員俳優なので、いちいち演技がかかっていたり

日常生活でそんなことないだろ!っていう無茶苦茶な演出があったり

月も太陽もお天気も舞台装置で
月だと思って見ていたものは、
テレビ番組の監督率いる制作クルーがいるステーションだったり


ぶっとんだ設定だけれども、
自分の人生も誰かに操られているかも、
なんて思ったことがある人も普通にいるでしょうし

「トゥルーマン症候群」
なんて言葉も生まれたくらい、他人事じゃないと思う人も多いのでしょう。


そしてこの映画を「感動作」という人もいれば「怖い」という人もいる。
「ハートフル」という人もいれば「問題提起」という人もいる。


さまざまな見方がある中で、私はこの作品を

「スピリチュアルな映画」


だと思っています。


同じことを考えている人を検索して探しましたところ
少数ながらいらっしゃいましたが
私が感じたスピリチュアルとはまた少し異なっていらしたので
私は私なりの観点で残したいと思います。


何がスピリチュアルかというと、

エド・ハリスの存在です。


好きです


彼は、トゥルーマンの人生を演出し、
終盤でトゥルーマンが航海へ出る時には
引き返させるために海に嵐を起こすようスタッフに指示を出し
トゥルーマンを命の危険に晒すことも厭わない人です。

そんな彼を、冷徹で、作品と視聴率のためならなんでもする、
エゴの塊のような存在だと見ることもできます。

おそらくそういう見方が一般的でしょう。
ですが私には、全くそうは見えなかったのです。


「この人は悪魔ではない」


それが確信に変わったのは、

トゥルーマンが「自分の世界の果て」
つまり海と空が続いていると思ったら壁にぶつかり
階段を上がった先にある「EXIT」の扉を開いた瞬間に
空の上からエド・ハリスの声が聞こえてきた時です。


「これ、ハイヤーセルフなのでは・・・!?」



ってピンときて、
そしたらもうダム決壊。

ハイヤーセルフと言ったほうがいいのか、
ハイアラーキーと言ったほうがいいのかちょっとわからないのですが

つまりは、「高次元の存在」「高次元の自分自身」ということ。


ー僕は誰?

君はスターだ

ー全部 作り物?

君は本物だ
だから人が見る

外の世界より真実があるのは
私が作った君の世界だ

君の周囲の嘘
まやかし
だが君の世界に
危険はない


ハイヤーセルフは、危険や不運を事前に察知させてくれる存在。
エド・ハリスは、トゥルーマンが幸せに生きていけるように
これまで危険や失敗を排除してくれていました。

エド・ハリスがトゥルーマンと会話するときの眼差しも声も
とても優しくて、端末に映るトゥルーマンの頭を指で撫でて愛おしそう。


では、なぜ海の上でトゥルーマンに危機を及ぼしまくったのか?
ハイヤーセルフの「危険を排除」と真逆では?


ここで、先に述べた
「ハイヤーセルフなのかハイアラーキーなのか」
迷う理由が出てくるのです。


ハイヤーセルフって、高次元だけど身近ではあって
話しかけたら応えてくれるような存在だと思っていて

ハイアラーキーは、ハイヤーセルフよりももっと高い次元にいて
私たちを守るというよりも
厳しくても、より進化成長に繋がる場所へ引っ張ってくれる存在


のように認識しているんですね。
合ってるかわからないですけど(おい


トゥルーマンは、ずっと思っていました。

「外へ行ってみたい。恵まれた仕事も辞めて遠くに行ってみたい。」
「アメリカの裏側のフィジーに行ってみたい。でも簡単には行けない。」

そうなのです。
願望はあっても、いつも自分で限界を作り
理由をつけて外に出ようとはしなかったのです。
海が怖いというトラウマも、その理由の一つ。


だけど、終盤でトゥルーマンはEXITを見つけました。

出口はずっと前から存在していたのです。


そして、その出口を出られたなら
大喝采で祝福してくれる存在も無数にいたのです。


そこに辿り着くためには、数々の妨害があり
一筋縄では行かないほど厳しい道のりです。

でも、そこを超えられた人こそが、
真の進化成長と解放の場所へ辿り着けるのではないでしょうか。


エド・ハリスが嵐を起こし、
EXITの向こうに行こうとするトゥルーマンに
みのもんたのファイナルアンサーよろしく声をかけ
本当にその先に行く覚悟があるのかを問うたのは

ハイアラーキーの厳しさと、ハイヤーセルフの優しさの
両方の意味だったのかなと感じたのです。



で、『トゥルーマン・ショー』の原文台本が公開されていたので
最後のシーンを読んでみました。

エド・ハリスの声が聞こえて空を見上げるところなのですが、

「Truman looks up to the "heavens".」


って書いてありました!!!!!!

"heavens"

天!!!

空じゃなくて    天!!!

これはもう確定じゃないですか!!??

うわーどうしよう!!感動!!!



というわけで、
私がこの映画からもらったメッセージは

人は生まれながらに主役でスター

必要なものは全て用意されている

次のステージに向かうための出口もちゃんとある

だけどその出口に辿り着き、扉を開けられる人は少ない

なぜなら人は
先がわかっていて、平和で、危険のない暮らしを望むから。

それでももしあなたがその先に進みたいのなら

扉はいつでも開けられるよ

ぼくらはいつだってそれを見ている

どんな選択をしたとしても
君がスターであることに変わりはないよ


こういう受け取り方をしたら
私も勇気をもらえて、一歩踏み出せるかなって思っています。



ーーー余談ーーー
そもそもこの映画を見る前から
「スピリチュアルな可能性あるな」
と思っていました。
なぜならジム・キャリーがめちゃくちゃスピ系だからです。

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