【掌編小説】旅に欠かせないもの(テーマ旅のこだわり)
旅に欠かせないもの
神宮 みかん
あなたは一体全体何者なのと思う。思わずにはいられない。どうしてだろう。いつからこんなに気になりだしたのは……。
あなたはわたしの前に突然現れた。当時のわたしは一人で誕生日を過ごしたくないなと思いマッチングアプリで適当な男を探していた。
その適当な男と初めて出会った日、わたしは顔を加工していたが、男の顔は加工されていなかった。即座にわたしの適当な男という認識はあなたに変わった。
あなたは初デートでどこへつれて行ってくれるのだろうと思った。そして、仮につれて行ってくれる場所が素敵な場所であれば、恋人になってあげてもいいなと思った。
でも、空気が全く読めないあなたは残念なことに墓地の話をし、墓地へ行かないかと誘ってきた。
なんなのこの人、初デートの時ぐらいロマンチックな話をしなさいよ、信じられないと思った。
わたしはこの男、怠いと思うも、本当に怠かったらブロックすればいいやと思い、今日は時間がない、と告げその場を後にした。
でも、わたしとあなたとのラインのやり取りは続いた。話のネタが尽きるとでも思ったのだろうか。あなたはわたしに互いに一週間に一度質問を出し合おうと言った。
わたしは当初からの目的である一人で誕生日を過ごしたくないという思いから質問をした。
“十月二十八日はなんの日でしょうか?〝
あなたの返事は群馬県民の日という解答だった。ラッキー、あなたは休みだ。一緒に過ごせる人が見つかったと思った。
わたしはラインを送った。
〝残念。わたしの誕生日です〝〝おめでとう。何かお祝いしたいね〝〝会わない?〝〝ごめん。県民の日は会社が休みじゃないんだ〝
結局は一人、と涙を流す女の子のスタンプを何も考えずに押しラインを終わりにした。ただ、誕生日を独り過ごしたとしても、誕生日プレゼントはもらうことができると、心のどこかにゆとりが生まれた。
十月二十八日早朝だった。
あいつからメッセージが届いていた。URLがあった。何? と思い開いた。
【そこにはあなたが書いた。いや、書いてくれたわたしの誕生日を祝う小説があった】
そういえばあなたは小説家を目指しているって言っていた。
わたしは初めて言葉を伝える才能がある人に出会えたと心底嬉しくなった。そして、あなたに会いたい思いを抑えられなくなった。
わたしはメッセージを送った。
〝墓地に行きたい〝
〝どうして?〝
〝あなたが考えている世界が見たいから〝
〝いつにする?〝
〝週末なら大丈夫〝
わたしはあなたという存在が何を気に入り、何を愛するのかを想像してスタンプを押した。
それから、その墓地について調べた。著名な小説家の墓地であった。
日頃文章を読みつけないわたしであったが、文学の秋と意気込み小説を読み切った。時代は違えど人間が考えていることはさほど変わりがないと強く思った。
再会したあなたは初めてのデートの時と比べてはるかに知的に見えた。
でも、残念なことにあなたは文藝の話ではなく、小さな頃の習いごと等の話をしてきた。わたしも返答を迷い受け答えに苦しんだ。
別れ際、あなたは言った。
「ごめん。俺の話はつまらなかったよね。君のことを勉強してきたつもりだったけど」
はたとラインでのやり取りを思い出し、わたしの生活から話を広げようと努力してくれていることに気付いた。
「そんなことないよ。わたしのことを知ろうとしてくれてありがとう。少なくてもわたしは楽しかった。でも、怒っていることがあるの。プレゼントは?」
「あ、ごめん。忘れていた。この本あげる」
あなたは墓地に眠る小説家の本を差し出した。本には細かにメモがとられていた。
私は言った。
「今からあなたのおごりで飲みませんか? 誕生日を祝ってください」
あなたは大きく頷いた。その日、わたしにとって旅に欠かせないものはあなたがくれた小説になった。
それからわたしは旅をする時、旅先に関する本を購入し日付を書きこむことにしている。
本日、あなたからもらった小説に三度目の日付を書きこんだ。
本はこれからもこの日付が増えていくよと微笑んだ。