一冊に囚われていたら古本屋なんてはじめない
書肆スーベニアが加入している東京都古書籍商業協同組合(東京古書組合)の機関誌『古書月報』2018年6月号に「あなたの大切にしている一冊」というテーマで拙文を載せていただきました。
なかなか組合員以外の方に読んでいただくのは難しいと思ったので、noteで公開することにします。以下、掲載文。
「一冊に囚われていたら古本屋なんてはじめない」
書肆スーベニア 酒井 隆
困りました。これまでに読んだ本はそれなりに私の血肉となっているのでしょうが、特にこれといった一冊は思い浮かばないのです。昨年に弊店を開業して以来、同じような質問や取材を受ける度にでっち上げるのに苦労しています。この商売を始めて蔵書はほぼ全て売ってしまいましたから、本は好きでもセンチメンタルな思い入れは持てない性分なのでしょう。
それでも自身かお店に関わりのある本がないかと残り少ない蔵書をひっくり返すと、ありました。まだ売っていませんでした。
『ガケ書房の頃』山下賢治, 夏葉社, 2016年刊
弊店の屋号にある「スーベニア」はお土産という意味です。私は本を著者の土産話みたいなものだと思っています。随筆や人文をよく読むからでしょうか、その人なりの物事の認識や考え方を聞いているような感覚です。
経緯は違いますが山下さんも“本屋で買った本は、全部お土産だ。”と本書で書かれていて、あのガケ書房の山下さんが言っているなら大丈夫だろうと言うことで屋号にしました。
屋号だけでなく万事をその場の思いつきで決め、理由や言い訳は後から考えているものですから、よほどの思い入れがあって本屋を始めたのだろうと話かけてくれるお客さんには申し訳ない気持ちになってしまいます。私が本屋になったのは、自分が飽きずに扱い続けられる商材は本だと思ったからで、場所を向島に決めたのは、お店の裏手の神社でおみくじを引いたら大吉だったからです。商売のはじまりに格好なんか関係ありません。理由や言い訳と同じく、売上も本屋としての面構えも自分次第で後からついてくるものと思っています。
以上。