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独特の思考? DXにUXデザイナーが足りない問題

UXデザインに関する苦手意識

DXには様々な役割があります。その中には、兼任が難しいものもありそうです。

データサイエンティストとアプリケーションエンジニアを兼ねる人がいます。自分で作ったモデルを自分でデプロイするだけでなく、簡単なアプリを作ってユーザからのフィードバックをもらったり、ラベル付けなどをするケースで効率が良くなります。

プロジェクトマネジャーとビジネスアナリストを兼ねるケースもあります。一般にコンサルタントと呼ばれる人々が両方できるという理由ばかりでなく、ビジネス分析の結果が頭に入っているとプロジェクトマネジメントの解像度が上がるというのもあるでしょう。時系列的に、ビジネス分析の次にプロジェクトマネジメントがくるため、そのまま継続できるというのもあるかもしれません。

それらの中で扱いが難しいのは、UXデザイナーです。

BTCトライアングル

デザインファームの資料には、よくBusiness-Technology-DesignとかBusiness-Technology-Creativeとかのトライアングルの図が出てきます。つまりデザインは、ビジネスやテクノロジーとは別系統のスキルだという話です。もちろん美大を出てプロダクトデザインに従事する人のスキルセットが、経営学やコンピュータサイエンス専攻の人と異なるのは間違いありません。ですが、ここで問題にしているのはUXデザインです。ハードスキルというよりソフトスキルの話であれば、兼任できても良さそうなものですが、実際にはビジネスアナリストやデータサイエンティストは、デザインと聞いたときに何となく苦手意識を感じるのではないでしょうか。


共感・心を動かす

Rich Goldのマトリックス

そういえば、Rich Goldのマトリックスというものがあります。ジョン・マエダが言及するのでご存じの方も多いのではないでしょうか。2×2の象限に、Art、Design、Science、Engineeringが配置されています。縦軸としてはArtとScienceが同じ括りにあり、普遍的でパトロンの役割が大きい。DesignとEngineeringは、ケースバイケースでユーザの役割が大きいとなっています。横軸のまとめ方は、ArtとDesignが心を動かし、ScienceとEngineeringは分子を動かすというものです。

こう見ると、ビジネスアナリストもエンジニアもデータサイエンティストも、DXに関わる多くは右側の住人だと思います。左脳的な、理論的な役割を果たします。しかしそれだけではDXは進みません。なぜなら変革とは、つまるところ個人や組織の変革であり、人間的な側面が大きいからです。人間性を剥奪された19世紀の工場のような状態であれば、変革に右脳的な側面を問われることはないかもしれません。しかし、消費者に体験を届けることが重要とされ、従業員の幸福度が生産性や創造性に寄与すると判明している現在において、人間性が無視されることはあり得ない。だからこそアートやデザインなどの、心を動かす人々が重要になっているのです。

デザイン思考のプロセス

象徴的なのは、デザイン思考の最初のステップが、ユーザに共感する (Empathize) ところから始まることです。Empathize を日常的に実践しているUXデザイナーの、徹底的にユーザ目線に立ちつつも、すっと実際的なデザインに立ち戻れるその思考様式は、DXにおける他のジョブからすると独特であり、それゆえ兼任が難しいように思われます。


各ジョブとUXデザインの相性を考える

もうちょっと突っ込んで考えてみましょう。

例えばなぜビジネスアナリストが徹底的にユーザ目線に立ってはいけないのでしょうか。それは、批判的な思考が弱まるからだと思います。ビジネスアナリストが第三者的な客観性を失うと、大局を見失い、ビジネスインパクトの評価があまりに情緒的になってしまう懸念があります。

一般論としてデザイン思考の有用性には疑いはありませんが、欠点としては、ユーザにフォーカスしすぎるあまり方向性がブレて紆余曲折することが挙げられます。これを正すのは、全体を決定するビジネスリーダー (プロダクトマネジャー) の仕事ですが、ビジネスアナリストも現場レベルの客観的な妥当性に貢献しなくてはいけません。

データサイエンティストが思い切りユーザ目線ではいけないのでしょうか。決してそんなことはありませんが、実際にはそういうケースは少ないように感じられます。データサイエンティストは、普段の作業が孤独なこと、数値やプログラムを扱うことから、ややもするとコミュニケーションより没入的な集中力を重視する人が就いている傾向があるように思います。先のRich Goldのマトリックスで言うなら、かなりサイエンスやエンジニアリングへの偏りがあります。したがって、本来的な役割としてユーザ中心志向が重要にも関わらず、なかなか実践できていないように感じます。

その他のジョブ、例えばアプリケーションエンジニアがUXデザインと相性がいいのは明らかですし、実際に、専業のUXデザイナーが不在のチームでは、アプリケーションエンジニアがUXデザインを行っていることも多いです。とはいえUXデザイナーは、果たす役割やスキルセットそのものよりも、裏にある思考様式においてやや特殊な立ち位置なことはご理解頂けたのではないかと思います。

ビジネスリーダーにも触れないといけないでしょう。

ビジネスリーダーの役割はいくつかありますが、大きく分ければビジョンの設定、情報発信とモチベーションの喚起、やること/やらないことの決定、障害の排除と交渉です。こう見ると、多くが人の心に関係することが分かります。新しい物事が浸透したり、変革が十分に受け容れられたりするためには、ユーザ目線・人中心の価値観が欠かせません。その意味で、UXデザインはリーダーに必須の教養だといえます。ビジネスリーダー自らUXデザインができる必要はないにせよ、「いいものを作れば売れる」が間違っているのと同様に「効果のある変革プランなら受け容れられる」が間違いだということを知り、自分の理想と人々の現実とを両立させる術を身に着けねばならないということです。


人間中心の思考様式を取り入れる第一歩

本稿では、UXデザイナーの思考の特殊性を強調してきましたが、それは他のDX関連ジョブがクリティカルシンキングやコンピュテーショナルシンキングに偏っていることが原因です。ですので、例えばマーケターなど普段からユーザ目線で仕事をしている人々にとって、UXデザインという考え方は、それほど遠いものではないかもしれません。

そんなUXデザイナーが “普通の企業” に不足していることの不都合は、日に日に顕在化していると感じています。他のDX専門家と思考様式が異なるので、兼任も簡単ではありません。ではどうするのか。UXデザインというものへの理解を深めない限り、育成も採用もリテンションも、うまくいかないのではと懸念しています。




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