実はシンプルな交渉のコツ
是非知っていてほしい交渉のキホン
第2回の note の投稿は、弁護士業務の中でもバリューの高い(そして楽しい!)交渉の話。
交渉の話は、第1回のやる気の話と同じく、note を始めるきっかけとなったトピックです。是非ともシェアしたい。
人生は交渉
交渉というとビジネスのイメージが強いと思いますが、実は世の中は交渉で溢れています。
夫婦でごみをどっちが捨てに行くかも交渉、部活でトレーニングメニューを監督と決めるの交渉、今勉強をさぼるのか今勉強するのかを決めるのも(今の自分と将来の自分との)交渉といえます。
私は、弁護士として、日々交渉しています。M&Aの契約交渉、紛争の和解交渉、訴訟活動だって裁判所に良い判決を書いてもらうための裁判官との交渉です(稀にこれを勘違いして相手を攻撃するような書面を書いてくる人がいるのは残念なことです。)。
この交渉、とても奥が深く、交渉理論なども沢山あるのですが、キホンはとってもシンプルです。
キホンを押さえれば誰でも交渉上手になって、しかも、交渉相手にも有益で、ひいては社会のためになるのです。まさに三方よし。
交渉=合意形成のプロセス
交渉は合意形成のプロセスです。合意するというからには、相手にとってもメリットがなければなりません。
間違った”強い交渉人”のイメージとして、心理的な駆け引きを行い、ノーを突きつけ、自分の要求を声高に主張し、強引に呑ませるといったイメージがあるかもしれません。しかし、このような人物は合理的な交渉では有害でしかありません(残念ながら、交渉のキホンが共有されていない土俵の荒れた交渉では、こういう”声の大きい”交渉人が勝ってしまうことがままあります。。)。
一方的に要求を呑ませることができる人がいるとすればそれは、交渉が上手いからではなく、単に権力があるからに過ぎません(権力についてはいつか note にまとめておきたい。)。
交渉のキホン=自分と相手の ”want” を把握する。
交渉のキホンは、今から二千年以上も前に、孫子が言い当てています。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず
有名ですよね。まさに交渉では自分と相手についてしっかりと知れば負けるということはないのです。
では交渉において”知る”とは何を意味するか。
交渉は合意形成のプロセスです。何のための合意するかというと、何かを獲得するためですよね。つまり、何かが欲しい ("want")、あるいは、何かをしたい ("want to")から合意するのです。
そうしてみると、それぞれの "want" が重なり合う範囲に交渉の妥結点があることがわかります。
この範囲内でいかに自らに有利なところで妥結できるかが交渉の力なのです。この引き寄せに技術と経験が求められるのです(交渉に強い弁護士はここで有利に引き寄せるのがホントにうまい。)。
つまり、合理的な交渉では必ずこの範囲(お互いの "want" が重なる範囲)に結果が収まるのです。他方で、お互いの "want" が重なり合わないときは、どちらかが "want" を変えない限り合意は形成できず、交渉決裂となる(というか交渉を決裂させるべき)ということになります。
したがって、交渉の準備としてまずはじめに把握しなければならないのは、自分と相手の "want" が何であるかということなのです。
意外とみんな自分と相手の "want" を把握していない:オレンジの寓話
自分と相手の "want" を把握するなんて簡単そうですが、実は意外とみんなできていないのです。
<オレンジの寓話>
母親が家に帰ると2人の娘姉妹が”オレンジが欲しい”と1つのオレンジを争っていた。仕方なく母親が平等にオレンジを半分に切って2人に分け与えると、姉妹は大泣きした。母親がよくよく聞くと、姉はマーマレードを作るためにオレンジの皮が欲しく、妹はジュースを絞るための果実が欲しかったが、それぞれ半分では足りなかったのだ。
この寓話、いろんなバリエーションがあります。そして、世の中にはこのようなことが結構あるものです。
姉妹はそれぞれ”オレンジが欲しい”と自分の "want" を一見把握していたようにも思えます。しかし、この姉妹の交渉の中では、もう少し深堀りすべきでした。姉妹がそれぞれの "want" をより深く自覚し、相手の "want" にも気づければ、それぞれの "want" の重なる範囲は明確でした。姉が皮をもらい、妹が果実をもらうということで妥結ができたのです。
それぞれの "want" を把握できなかったがゆえの悲劇であり、世の中では、このような悲劇が至るところで起きているということを弁護士業務の中で日々感じています。このような悲劇が起きないようにするためにも、自分と相手の "want" を把握するという交渉のキホンが広く共有されてほしいと強く願っております。
よくあるイケてない交渉①:”とりあえず”全部有利に
よく交渉のご相談を受ける際、「とりあえず全部有利にしておいてください。」などと言われることがあります。
全部有利にしておくのは、交渉上の明確な意図があってする分には何ら問題ありません。しかし、単に”とりあえず”一番高いボール(”ハイボール”などと言います。)を投げるというのであれば問題です。
こういうリクエストがあるときには、その交渉において何を獲得したいか、相手が何を望んでいるのかが明確になっていないことがほとんどだからです。
そういうときには、「この交渉で死守しておきたいところはどこですか?」、「相手はなぜ今回の交渉をすることに乗ってきてくれたのでしょうか?」などと聞いて、それぞれの "want" を把握するように努めています。そうすると依頼者や会社の担当の方が気づいて、それぞれの "want" を分析するようになってくれたり、「確かにこれじゃ相手が交渉に乗ってきてくれないかもしれませんね。ここはもう少し条件を下げて交渉してみましょう。」などと合理的なボールになったりします(合理的なボールを投げることができると、最終的にはこちらに有利な合意となることが多いのです!)。
よくあるイケてない交渉②:合意自体が目的となってしまっている
合意はあくまで "want" を実現するための手段でしかないのですが、合意自体が目的となってしまっていることもよくあります。これは、自分の "want" を把握できていないことからくる悲劇ですが、この悲劇の恐ろしいところは、自分の "want" の範囲外で合意してしまう可能性を含んでいるということです(”声の大きい”交渉人が勝つという事態が起きてしまうのです。)。
合意したはいいけど、「これって、合意する前より不利になっていないか?」、「合意した結果、余計な義務を負うことになってしまった。」など笑えない事態に陥っている状況もよく目にします(私の依頼者にはそのような事態に陥らないように、よくよくアドバイスしています。)。こういう状況は、意外と、意思決定者と交渉担当者が異なっている組織立った立派な企業で見られるというのが、いかに交渉のキホンが共有されていないかということを示していると思います。こういう状況に陥ってからご相談を受けることも多く、びっくりすることが多々あります。
合意自体が目的となってしまっているなぁと感じたら、「そもそも、何でこの交渉をしているのでしたっけ?」と聞いて、依頼者の "want" を把握するように努めたり、「合意するとこういうデメリットがありますが、合意しないと何か不都合はありますか?」などと(その相手とその内容で)合意しない方法もあるのではないかと探るようにしています(他にも相手となるべき者がいるかもしれませんし、内容について交渉する余地もあるかもしれません。)。
結語
いかがでしたでしょうか、「自分と相手の "want" を把握する」という交渉のキホン。簡単ですが、意外と自覚的にできていないのではないでしょうか。
これに自覚的になると、そうでない場合と比べて飛躍的に交渉を上手く進めることができます。日常生活の交渉でも極めて有用ですよ。そして、相手もこのキホンを共有していてくれた方がお互い不合理な交渉に巻き込まれることなく、自分にとっても相手にとってもハッピーです。そして良い交渉の結果が社会に還元されることで社会にとってもいい結果となるのです(三方よし)。
しかし、これはあくまでキホン。将棋の定跡を覚えたようなものです(でも定跡を覚えただけでも将棋は各段に楽しくなりますよね。)。
交渉の世界はとても奥が深く、プロの世界ではもっと高度なことが行われているのもまた事実です(将棋の世界も同じですよね。)。交渉の上手い弁護士や依頼者の皆様の交渉の仕方を見ると、(一見しただけでは分からないような)深く高度な技術が用いられていることが分かります(その技術については、今後、言語化して note に落としていきたいなぁと思っています。)。
最近、日本でも契約書レビュー(リスク分析・有利な文言の提案)にAIが導入されるというニュースがありましたが、むしろこれは、依頼者の皆様の契約書リテラシーを向上させるということで、歓迎すべきことととらえています。
そこから先の交渉の部分で、依頼者の皆様と高度な議論ができるようになるということにワクワクしております。
そうなったときに、依頼者の皆様に感謝されるよう、プロの交渉人として、日々交渉技術を磨いていきます。
やっぱり楽しい note 。始めるきっかけとなった2つのテーマを吐き出すことができた安堵と、もう少し良いものが書けたのではないかという反省の念が押し寄せておりますが、完璧主義はほどほどに、アウトプットを優先させたいと思っております。
感想、ご批判等あれば、遠慮なく是非是非コメントください。
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