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【本考察 #34】 『モラル・エコノミー:インセンティブか善き市民か』 by サミュエル・ボウルズ

第1章 ホモ・エコノミクスに関する問題

「ホモ・エコノミクス」という概念は、従来の経済学が前提とする「自己利益追求者」のこと。この前提が現実世界の人間行動を正確に反映していないと筆者は批判している。多くの実験経済学の研究は、人々が自己利益だけでなく、公正や協力などの社会的価値観に基づいて行動することを示している。また、フェイルド実験やウルティメイタム・ゲームなどの行動経済学実験では、多くの参加者が自己利益を最大化する行動を取らず、公平性や他者との協力を重視する傾向が観察されている。

第3章 道徳感情と物質的利害

道徳感情がどのようにして経済的行動に影響を与えるかが議論されている章。人々が物質的な利害だけでなく、道徳的な価値観や感情によっても動機づけられることを示している。純粋なインセンティブに基づく政策が必ずしも期待通りに機能しないことが明示されている。神経経済学の研究でも、脳の異なる領域が物質的な報酬と道徳的な判断に関与していることが明らかにされていて、特に前頭前皮質が道徳的な意思決定に重要な役割を果たしていることがわかっている。

第4章 情報としてのインセンティブ

インセンティブは、単なる報酬や罰以上の意味を持ち、人々に情報を提供する役割も果たすといった内容。インセンティブが行動の方向性を示すシグナルとして機能するというのが筆者の主張。インセンティブの設計が誤ると逆効果を生む可能性があることが示されている。実際の政策例として、環境保護のための税金や補助金の設計が誤ると、期待される環境保護行動が促進されないどころか、むしろ阻害される場合があることが研究で明らかにされている。

第5章 リベラルな市民文化

リベラルな市民文化は、個人の自由と共同体の協力を両立させることを目指すもの。市民文化が強い社会では、インセンティブに頼らずとも、自然と協力や利他的行動が促進されると述べられている。また、社会資本の研究では、信頼と協力が高い地域ほど、経済的な成功や社会的な福祉が向上することが明らかになっている。例えば、信頼が高いコミュニティでは、犯罪率が低く、公共財の提供が効率的に行われることが多いといった具合。

知的発見が多い内容で、なんとなく知っている感覚的な理解をしっかりと言語化することができる良書でした!

経済学と社会思想のパラダイムシフト
本書の著者サミュエル・ボウルズは、進化社会科学に基づくミクロ経済学を発展させてきた、日本でも著名な世界的経済学者である。これまで日本ではラディカル・エコノミストとして紹介されることが多かったが、ボウルズの本質はむしろリベラル派である。本書には、近年の行動科学やミクロ経済学の研究をもとにアメリカ的なリベラリズムを発展させた、ボウルズの奥深い経済思想が鮮明に示されている。

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