映画感想『首』
北野武監督の『首』です。
実際の戦国時代はこんな風だったのかもしれない、と納得させられる力を持っている映画でした。
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どういうわけか、誰も知らないのに、この時代はこういうものだ、という固定概念が出来上がっていることがしばしばありますよね。戦国時代がそんな感じで、多数の研究があり、また多数の作品がありますが、人々の中ではだいたいイメージが一致することかと思います。
『首』というタイトルが最初に出てきて、それがすぐに切断されます。この作品は、僕たちの考える戦国時代というのを、タイトルと同じように切っていると感じました。
2
面白いのは、今作が、これが実際の戦国時代だ、と言っているわけではないことです。現代語を喋っている点が顕著で、流石にこれはリアルの戦国時代ではないだろうと僕でもわかります。
あくまでの今までのイメージを切るだけです。こんなに綺麗事だらけじゃないだろう、と裏切りを増やし、身代わりを増やし、こんなに妻一筋じゃないだろうと、男色を増やします。こんなに真面目ではないだろうとふざけたシーンを入れ、こんなにカッコ良くはないだろうと、有名武将たちを乱雑に扱います。こういうイメージだから、逆にこうしようなんていう逆張りでできた映画に僕には感じられました。そして僕は結構そういうのが好きですね。
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逆張りを重ねた結果、感動もへったくれもありません。観終わった後率直に感じたのは、何を見せられているんだ、という疑問と、ここで終わって良かったな、という安堵です。2時間を通して、誰の立場になっても応援できません。豊臣秀吉が成功しようにも、様々な悪行の上での成功なので、嬉しくもなんともありません。
裏切りと悪巧みの連鎖反応で紡がれる戦国時代に、僕が無意識の内に求めていたカタルシスはないのです。
さらに、これ以上ずっと裏切りや悪巧みや人の性根の悪さを観ていたら人間不信になってしまいそうで、そこで唐突に映画が終わるので、良かった!という安堵も生まれました。
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じゃあ一体なぜ僕はこの映画が嫌いにならないのか、という話です。むしろ面白かった、と周りには言えるでしょう。
理由は自分でもよくわかりません。イメージの逆をつく発想が気にいったのかもしれませんし、ギャグシーンが絶妙にツボにハマったからかもしれません。(豊臣勢の掛け合いと、徳川家康の身代わりギャクは楽しかったです)
編集も独特で、盛り上がりがないくせに、飽きることはない不思議な手法です。
あるいはやはり、これがリアルなのかも、と思ってしまったことが、最大の賛辞として心に残っているのかもしれません。
こんな戦国時代は嫌だ、どんな時代?の大喜利を見ているようでした。