育児したら出世できなくなるのは正当か

twitterでこちらの質問箱の回答が流れてきて、至極理路整然とした回答であるものの、何となくモヤモヤしたので真面目に考えてみました。

夫には家事も育児してほしいですって会社で話したら会社の上の人たちから「そしたら出世できなくなるよ」って言われちゃいました。あくまで育児は仕事の上で荷物にしかならないと感じている会社って嫌だなあと思いました。この場合、発言者が育児をしたくないから、出世を盾に言い逃れしているだけかもしれませんが。育休取得で評価が下がるし、本当に日本の子育ては罰ゲームだと思っています。中田さんは育児をしていてどんなサポートがあったら嬉しいですか?|新たな発想を生み出す質問箱 Querie.me 夫には家事も育児してほしいですって会社で話したら会社の上の人たちから「そしたら出世できなくなるよ」って言われちゃいました。 querie.me
私も家事育児によって会社内の出世には悪影響が及ぶと思っていますし、その方が公平・公正だと思っていますよ。
会社から見て出世させるべき尺度は会社への貢献度であって、「家事・育児をしているから」出世にゲタをはかせるのは公平・公正な評価とは言い難いものがあります。  
私自身は家事育児に相当部分のリソースを割いていますが、そのぶん仕事をもっとバリバリやっている同僚(独身だったり家事育児を他の人に任せていたり)に比べてパフォーマンスを出せていない自覚はあり、そしてその人より評価や賞与が低いことは極めて真っ当だと思っています。

こちらの回答は理解できるのですが、追加的に考えられることとして、その悪影響がどの程度持続するかという論点が挙げられます。ケア労働によって収入が短期的に下がるだけなのか、長期的に出世コースから外されるかの違いは大きいです。後者は「会社への貢献度が高い人を評価する」という考えに立っても機会損失に当たるので、会社としてキャリアパスの多様化を図ることは重要です。
一度育児(また病気、介護などそのほかプライベートな理由)で仕事のペースをスローダウンしても、またその事情が落ち着けば、仕事のペースを上げて出世路線にいつでも戻って来られる、そんなキャリアパスの柔軟性や多様性があることは、育児世帯にとっても安心材料になるでしょう。

その上で、会社というミクロな経済原理の中における合理性だけではなく、社会全体のマクロな観点からも考えを掘り下げてみたいと思います。
2022/6/4付け、日経新聞の出生率に関する記事から引用します。

出生から死亡を引いた自然減は62万8205人と過去最大になった。国立社会保障・人口問題研究所の予想を上回る速さで進む出生減が主因だ。想定以上の少子高齢化が進めば日本の社会基盤が揺らぎ、世界の経済成長に取り残されていく。
21年の出生率1.30 少子化対策見劣り、最低に迫る:日本経済新聞

ここで、子供を産み育てることは「日本の社会基盤を支え、経済成長を推進していくために必要だ」ということが逆説的に訴えられています。このとき経済成長の恩恵を受けるのは誰か考えて、先の回答と統合するとこうまとめられます:
「育児する人は、子供を養うのために支出も増え、収入も減るため経済的に逼迫する。一方、仕事の貢献度が高い独身・または育児をアウトソースできる人は出世する、つまり他の人がしてくれた育児に下支えされた日本経済からの恩恵を享受する。」

あまりに単純化しすぎかもしれませんが、コストが育児世帯に寄り、育児しなくていい人と育児する人の間に、資本家と労働者の間のような搾取関係が出来上がっているとも見れるのではないでしょうか。

実際育児をはじめとするケア労働は人間社会を維持し、また人間が幸福であるためになくてはならない存在であるにも関わらず、資本主義はその価値を正当に評価していません。
家事育児介護は従来女性が担い、無賃労働で支えられてきました。今でも男女の賃金格差は依然として存在し、その理由の一つは統計上男性の5倍家事等に時間を女性が費やしているという、ケア労働格差に求められます。また介護士や保育士は日本の平均年収に比べて低収入であることも知られています。*

会社というミクロな経済合理性の中だけではなく、社会においてケア労働は誰が担うのか?という視点、またその担い手を経済的に困窮させないためのマクロで社会的な経済合理性も考えないといけないのではないでしょうか。

そのほか細かい論点として:

収入レベルによるケア労働許容度の違い

むしろ「家事育児にリソースを割くぶん単独では最大パフォーマンスは出せないけれども、夫婦で働くから世帯単位では単独より稼げる」のが共働きの選択と言えましょう。

回答者が夫婦協力して育児・仕事をすることで世帯単位の稼ぎを担保されていることは大変素晴らしいことですが、収入レベルによるケア労働許容度の違いがあることも忘れない方がいいと思います。実際、それを端的に表す事例として、全世帯形態の中で母子家庭の貧困率が一番高いことが知られています。仕事も育児もアウトソースできず、一人の親に集中する場合、「育児したら出世できない」はすなわち生活困窮に直結します。

アメリカを参照点とすることの問題

最後に、「育休取得で評価は下がる日本の子育ては罰ゲーム」とのことですが、どの国が理想でしょうか。たとえば日本より出生率が高いアメリカでは育休という制度さえ存在しません。育休がないので「育休で評価が下がる」ということはないのですが、そんな状態がお望みでしょうか。

アメリカを比較対象として出すこの論理展開はよくよく見聞きするのですが、アメリカみたいな極論を持ち出しては比較対象として適切ではないと考えます。事実、アメリカ国内ではOECD唯一の育休がない国であることを問題視し、改善しなければならないという提言が出ています。育休がないアメリカの方が、先進国の中で異常値なのです。

では、どこと比較するべきか。実は理想の国はまだどこにもないというのが現実です。
ジェンダーギャップ指数1位のアイスランドでもその指数は0.892で、完全平等(=1.000)の国は存在しません。「ケア労働の主な担い手である女性が経済的に割を食っている」という仮説がある程度正だとすると、今全世界で子育て無理ゲー問題の解決が取り組まれている段階でしかないと言えるでしょう。

ジェンダーギャップ指数3位のノルウェーにおいても、「働かざるもの福祉を受けるべからず」の社会体制の中で、育児と仕事の両立に行き詰まり正社員の仕事を手放す選択をすることの経済的リスク(保険・年金制度から締め出される)を告発する本が出版されています。ジェンダーギャップ指数3位の国でも依然として「ケア労働の主な担い手である女性が経済的に割を食っている」現実があるのです。いわんや120位の日本、30位のアメリカも。

*****

育児と経済の問題を、経済原理の中の論理だけで語っていいのか、というのがモヤモヤしていた発端でした。問題は、私たちは今のままの社会に住みたいのかということです。
会社の制度と社会の制度を前提として、人は最適行動を選ぼうとします。今の会社と社会の制度だと、育児と仕事を両立するのが無理ゲーならば、そこは社会として構造改革していく努力も必要ではないでしょうか。

(参考文献)

*介護士の年収:https://www.cocofump.co.jp/articles/kaigo62/
保育士の年収:https://www.hoikushibank.com/column/post_632

アメリカについて
Unfinished Business: Women Men Work Family
https://www.amazon.co.jp/dp/1780748701/ref=cm_sw_r_awdo_6H80Y1MGX2DD7TQAKMCJ

日本について
女性に伝えたい 未来が変わる働き方 新しい生き方のヒントが見つかる、二極化時代の新提言 https://www.amazon.co.jp/dp/4046016213/ref=cm_sw_r_awdo_RF02H8QBVEGQYXT3QGFB

ノルウェーについて
私はいま自由なの? 男女平等世界一の国ノルウェーが直面した現実 https://www.amazon.co.jp/dp/4760152857/ref=cm_sw_r_cp_api_i_VMEM0GY51H4FTP41C2JM?_encoding=UTF8&psc=1

この記事が参加している募集

サポートありがとうございます。サポートは本の購入費にあて、note記事で還元できるように頑張ります。