アメリカ人事評価制度から学ぶ|業績評価制度・ノーレイティング・パフォーマンスマネジメント
本Noteの背景
日本において人事評価制度について以前から多くの課題が取り上げられている。詳細のデータに関してはパーソル研究所で実施の、人事評価制度と目標管理の実態調査が網羅的にまとめられており、わかりやすい。
日本では人事評価制度に対して8割以上が不満を感じている。(Job総研の調査結果より)。その理由は評価制度の不明確さだ。私自身の経験としても評価される側の立場として評価制度の不透明さ・不明確さは感じてきたことがある。しかし実際に評価する立場として透明性を担保することが相当難しいことも実感してきた。
誰もが評価の納得感・透明性が担保された中で働くことができれば今の日本の働きがい・エンゲージメントは変わるのではと考えている。(評価の納得度とエンゲージメントの相関は研究でも証明されている)
その中でアメリカの評価制度についての理解を深めつつ、今後の日本においての評価制度の在り方を考えていくためにも、自身のアウトプットとして書くことにした。
本稿は、個人的な解釈を交えた内容となっております。そのため、情報の整理が完全ではない可能性がありますことをご了承ください。
本Noteの内容
アメリカにおける人事評価制度
人事評価制度の歴史的背景
従来の人事評価制度の廃止と背景
まとめ
アメリカの評価制度
アメリカでは第二次世界大戦以降にどんどん浸透していった業績評価制度が主流となり、2000年代にはFortune500社のうち60%が採用していた。近年アメリカで人事評価制度が廃止されている・ノーレイティングが進んでいる(レイティングの廃止に関する記事)という話題は目立っていたが、今でも従来の業績評価制度は残っているようだ。(SelectSoftwareの調査では71%が年次の業績評価制度を採用しているとのこと)
比較的大企業では年次の業績評価制度を廃止しているようだが中小企業含め企業全体で考えると割合はまだ低く、基本的な評価制度の在り方は従来の業績評価制度もしくは従来の業績評価制度をカスタマイズしハイブリット型で運用していることが想定される。近年、大企業で採用されているノーレイティング・パフォーマンスマネジメントなど評価の在り方については本記事内で後半に触れていく。
業績評価制度(Performance Review or Performance Appraisal)
特徴1:目標管理(MBO)
期初に年次の目標を設定するプロセス
個々の社員の目標は、企業目標や部門目標からトップダウンでブレークダウン
マネージャーと社員が協議しながら、具体的かつ量的な年間目標を設定
特徴2:レーティング
年次評価結果を上位から下位まで順位付け
評価は数値化され、社員を相対的にランク付けする「レーティング制度」に基づく
社員の業績を「ベルカーブ(正規分布曲線)」に沿って予め決められて人数配分比率で振り分けて強制的にランク付け
ランクに基づき、昇給、ボーナス、昇進、退職勧奨などの処遇が決定
現在でもいまだに多くの企業で採用されている業績評価制度に関して歴史的な背景についても触れていきたい。
人事評価制度の歴史的背景
第一次世界大戦:評価制度の始まり(1914年)
評価制度について
米軍が、成果の劣る人材の除隊や配転を行うために人事考課制度を導入
背景
米軍は膨大な兵士や軍人を効果的に管理する必要があった
人材の能力や成果を評価し、戦力を最大化する必要があった
第二次世界大戦後の普及
1940年代後半:米国企業の60%が人事考課制度を採用
1960年代:ほぼすべての企業が導入
1950年代:ピーター・ドラッカーの提唱「Management by Objectives(MBO)」
評価制度について
目標管理制度(MBO)が目標設定と目標達成に向けた社員の働きを管 理する手法として広がる
当時の人事評価は昇進・解雇には重点が置かれず,人材育成を主となりトップダウンの目標設定やレイティングとは結び付いていない
背景
ドラッカーにより部下は上司のフィードバックを受けながら、自ら業績目標を設定することが推奨された
1970年代:評価上位者の優遇により報酬格差が拡大
評価上位者の優遇により報酬格差が拡大
差別禁止法対策として、報酬格差を客観的に説明する必要性が強調される
公平性や説明責任を果たすために結果評価・数量的評価となる
1980~2000年代:評価基準の進化
結果評価や数量的評価への移行がさらに強まる
例)1981年:GE(ゼネラル・エレクトリック)の「ランク付けシステム」
ABC評価:
上位20%を「Aランク」として優遇。
中位70%:「Bランク」
下位10%を「Cランク」として退職または配置換えの対象。
1990年代:人材獲得競争の開始
マッキンゼーが「人材獲得競争」を提唱
ごく一部の人々が非常に大きな成果を生み出すためそうした人材に対して高い報酬を与えるという考え
レーティングで上位者に対して優遇する業績評価制度とも非常にマッチしているため多くが業績評価制度を採用
2000年代:変化する人材評価
企業が高い評価と処遇で定着を期待するのは最上位評価社員のみだということが,あからさまになる
フォーチュン500社の60%が社員のランク付けを実施
管理職のマネジメントメンバー数の増加
1960年代:平均6人
2000年代:15~25人
マネージャー自身も成果を求められるようになり、部下育成が困難に
生え抜き社員(新卒から同じ企業に勤務)は9割から3割へ減少し、中途採用が主流に
2010年代以降:年次評価と強制的ランキングを廃止する動きが進展
現場マネジャーが年次サイクルではなく日常的に社員を支援し育成することで高い成果を引き出す育成型の業績管理思想に転換
最低ランクに評価された 10% の社員を毎年事実上退職させることによって,社員の質が毎年上がっていくという考え方は rank and yank policy と呼ばれていたが、GE社が廃止したことがシステムの終わりになった(従来の業績評価制度の廃止が進んだ)
2005年:GE社はABCのレーティングを完全廃止
2015年:業績評価方式の廃止と発表
2014年時点の状況
GE,マイクロソフト,ネットフリックス,IBM,アドビシステムズ,デル,
ジュニパー・システムズ,アクセンチュア,デロイトなど大手企業で年次評価とレーティングを廃止しているがまだ一部にすぎない状態。また業績評価制度を廃止後に再検討をしている企業も言っていることを考えると課題もまだ多く残り、アメリカでも引き続き、最適な評価制度運用を模索していると考えられる。課題などは後半で触れていきたい。
業績評価制度の廃止が一部の企業で進行中
アメリカ企業の12%が年次サイクルの業績評価を完全に廃止
経営者の58%が、「現行の業績管理が従業員エンゲージメントや高業績の達成に役立っていない」と考えており業績評価制度が残っているが適切な評価制度だとは考えられていない
業績評価制度の再検討を考えていない企業は12%にとどまる
現在の状況(2024年)
従来の業績評価制度は引き続き採用されつつも、廃止した企業では2010年以降はパフォーマンスマネジメントが注目されている。
パフォーマンスマネジメントの基本的な流れ
①状況変化に応じて期待や目標の設定
②週次などの短い期間でフィードバックを実施
能力開発は日々の仕事経験の一部として組み込まれている
従業員はフィードバックを管理者からだけでなく,同僚やその他の関係者からも,リアルタイムで直接受けられる
パフォーマンスマネジメントでの報酬決定
職務レベルでの報酬設計
職務レベルに基づいて報酬が決まっているため目標と評価は紐づかない
上司が職務レベルを満たしているか日々のコミュニケーションや1on1で把握して最終評価
評価に関しては360などで職務レベルを判断したりするケースも多い
Cargill社事例
年次での公式の目標設定などは廃止
管理者の裁量で昇給を判断(管理者がパフォーマンスに対しての評価を日々している)
360などでパフォーマンスを図る
業績評価制度の廃止の流れ・背景
業績評価制度は長年運用されてきたが定着した初期からも課題は顕在していた。またインターネットの普及など、大きな変化により時代にそぐわないくなり、廃止が進んでいる。
1.モチベーションの低下
2015 年のデロイトの調査:6割の経営者が業績評価はモチベーションの向上に効果がなく業績にも役に立っていないと回答
理由:モチベーションの向上は上位者だけで残りの大多数は効果がない。全体効果としてはマイナスと評価された。金銭的インセンティブによる外発的モチベーション効果は最高評価を受ける一部の社員層にしか及ばないという事象
働く世代の交代によって,若い世代ほど金銭や昇進による外発的インセンティブや社員間競争に反応しなくなってきた
1980年からの定着している業績評価のずっと顕在している欠点
①評価者特異効果(バイアス・主観が入る)被評価者はこのばらつきに関して信頼できない
評価者の評点の62%は評価者の特異性があるという研究結果が出ている
②相対評価に対する不満
強制的に分布することで実績差がわずかでもランキング上は大きな格差となる
組織全体がパフォーマンス30%上げても結局上位者しか恩恵がない(ランキングは変わらないため)
2.ビジネスのスピードと創造性への不適応
インターネットの普及によりスピード感が求められるようになった
情報格差がなくなり、商品は容易に追随されるになり、技術職に関しては特に市場の状況などに対応してどんどんプロジェクトを進行していくため年次とかでの目標設定が合わない。年次目標に必ず乖離が生まれる
シリコンバレーでウォーターフォール型の開発からアジャイルな開発に切り替わっていった
創造性との矛盾
業績評価制度は設定された目標のみ意識するし、トップダウンでの目標に対応しているため、圧力がかかる状態で心理的安全性が担保されている環境ではなく、創造的アイデアを生む労働環境ではない
3.業績評価制度が外発的動機付けのみ
業績評価制度はインセンティブ・昇進、昇給、解雇の要素からなら外発的動機づけのため仕事への内発的動機づけとは本質的に異なる
仕事へのやりがいや挑戦性、社会的意義などは異なる(外発的動機づけが主体的意欲と創造性を抑制することは多くの心理実験で報告されている)
創造的アイデアを生む労働環境には適していない
4.チームとコラボレーションの不適応
1990年代後半からチームのコラボレーションを重要視する働きは増加傾向:顧客対応の質とスピードの競争が深化し、チームで連携して進める方が品質と効率がいいと認識された
業績評価制度の個人単位、部門単位などの目標で責任も重ならない場合、コラボレーションは重要ではなかったが、より協力関係が必要で矛盾していた
Googleでの研究
高い成果を上げるチームは特定メンバーの発言が多いのではなく、チーム全体の同量性があること
自分の責任を超えた積極的貢献や,チームメンバー相互の敬意と信頼の文化は,業績評価制度が個人単位の目標達成を評価する環境では育たない
5.時間とコスト
年間サイクルの業績評価を維持するためには1人あたり年間30時間の事務作業とミーティングが必要
デロイトの調査で65,000人の業績管理費やした時間が年間200万時間という結果
ただ事務作業を有無だけで本質的なビジネスの目的に寄与しないとされた
制度変革の抵抗要因
上記、廃止の背景などあるがまだまだ従来の業績評価制度の運用はアメリカでも採用されている。主な要因としては下記だ。
要因
伝統的な制度を廃止して、どんな制度にすべきかまだ見通しが立っていないので先に進めている企業の様子見をしている
制度廃止による不利益の発生があること。会社によっては業績評価制度が良いとしている思想も当然ながらあるので簡単に変えられない
人事評価制度の問題ではなくマネージャーの評価スキルの問題とする主張がなされている。(ただし評価者のトレーニングでなんとかなると思っているが根本的に主観的な評価になるのはどうにもならない)
解雇や評価処遇に対する訴訟の対策。業績評価制度は数量的な根拠となる
まとめ
アメリカでは従来の業績評価制度を廃止して、パフォーマンスマネジメントという考えが根付きつつある。パフォーマンスマネジメントを実現するためにも多くのプロダクトが海外には存在し、市場規模も急成長している。2030年には約1兆弱といわれている。(パフォーマンス管理市場)
またパフォーマンスマネジメントが従業員のエンゲージメントや生産性にもポジティブな影響を与えていることは多くの調査で報告されている。(selectsoftwarere)
日本においても5年ほど前から、パフォーマンスマネジメントツールを提供するプレイヤーも増えているがまだまだ浸透していなく、半期もしくは年次の評価制度が主流だ。
今回のアメリカの制度を踏まえて個人的にパフォーマンスマネジメント・評価制度について整理したい。
メリット
短いサイクルでフィードバックが行われるためメンバー育成が高速化
目標に触れる機会が多く、より高い目標意識をもって業務遂行可能
変化に対応した柔軟な目標を運用できるため形骸化しにくい
従来の形式的な目標設定~評価のリソースを削減可能(個人的にも相当な時間を要してきた)※PMの短いサイクルでメンバーと向き合うため全体リソースが減ることはないが本質的なメンバーとのコミュニケーションに時間があてられる
PMを適切に運用するために管理職の能力は必要だがマネジメントの型を作れる(会社として標準化はかれる)
今までは期初・期末の目標設定だけルールが決められており「あとは期中の管理方法は管理職に任せます」だったが一定の型を形成できる
デメリット
報酬決定をどのように実現するか定めなくては制度が成り立たない
特にここが肝になってくる。アメリカでも報酬決定に関しては各社模索しており、会社ごとで異なる。
目標=評価という固定概念をなくしていき、新たな評価制度について啓蒙していかねばいけない(評価制度を変える際に仮にポジティブな場合でも大きな変更はハレーションが生まれる可能性も高く、ハードルが高い)
管理職の負担が以前よりも増す可能性がある(あるべき姿だが)ただしメンバー主体のパフォーマンス管理が実現できるので別。
これからの在り方に関して
形骸化しない目標管理を実現し、メンバーが常に目標を意識して高いパフォーマンスを出せる環境を作る必要がある
マネージャーはメンバーの目標を追跡し、短いサイクルでフィードバックをし能力開発をしていく必要がある
パフォーマンスマネジメントを実現しつつも、納得度のある報酬決定をする必要あり
日本でも徐々に増えているが職務レベルでの報酬決定と職務レベルに対してのマネージャーの評価や360での評価の実施
日本において、すぐに半期や年次での目標設定を廃止して、アメリカ式のパフォーマンスマネジメントに移行していくことは難しく、まずは半期/年次の目標制度は継続しつつも、形骸化している目標管理を短いサイクルで管理していく必要あり。短いサイクルでのパフォーマンス管理・1on1の実施をしてメンバーの能力開発・パフォーマンスを最大化していくことが大事だ。
参考文献
論文・研究レポート
記事・メディア