①、②と書いてきました鬱との交遊録。
今回は社会人1年目に起きた鬱の症状らしきモノのお話を書いていきましょう。
なんだかんだ言っても充実した大学生活を終え、中学生の頃からの夢であったテレビ業界へ進むことになります。
当時、テレビ制作に携われる喜びに満ちていました。
しかし、現実はそう甘くありませんでした。
放送日に追われ資料作成や編集所に入る日々、映像許可の承認周りのためにテレビ局に行くなど、テレビ制作は思い描いていた華やかな世界とは違う顔がそこにはありました。
そんなモンか、と納得しながらもフツフツと湧いていた「これがしたかったのかな…?」という気持ちに蓋をしたまま仕事をしたのが終わりの始まりでした。
テレビ制作に携わって約3ヶ月後、突如として起こりました。その日も資料作成をするために会社で作業をしていると突然、過呼吸に襲われました。
我慢をしながら作業をしていると広い社内に居たはずが一気に狭い部屋の中に閉じ込められたような感覚に襲われ、すぐさま休憩スペースのソファーへダイブ。
30分ほどしてとりあえず作業できる位には治まり、デスクへ帰還。
その後作業していても、手足のしびれがなくならず、その日は会社で夜を明かすことに。
数時間後、編集作業のアシスタントのため、編集所へ向かって編集作業が開始。
するとしばらくして、また過呼吸に襲われました。
短時間で2度も同じ症状に襲われ、これはおかしいと思い、翌日の午前中に心療内科へ症状を見てもらうため行きました。
そこで「適応障害」の診断を受けました。
中学時代から夢見ていた世界が自分には合っていないことを知り、絶望感を受けながら会社に向かい、上司に診断書を見せてそこから1週間実家で休むことになりました。
実家に戻ってからも担当していた番組と似た番組を見ると息苦しさが出たことで退職を決意し、そのままテレビ制作からフェードアウトすることになりました。
この経験で自分の「したい」仕事より自分の「できる」仕事に就くことが重要なんだと感じるようなりました。
今回はここまでにします。
次回は社会人2年目の転職先での鬱症状のお話を書いていきます。