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自由意志という現代の迷信

「自分の行動は自分が決めている」この考えは現代社会に深く根付いている。法制度から自己啓発本まで、多くの場合に「人が自由意志を持つ」ということは自明の前提とされている。

だが、本当に自由意志の存在は自明だろうか。もし、私たちの行動が経験、遺伝、環境などを原因として決まっているとしたら、「自分で選んだ」という感覚は単なる錯覚ではないのだろうか。今回は、はっきりとした根拠がないまま今でも信じられている「自由意志」という現代の迷信について見ていこう。

自由意志の何が問題なのか?

辞書によれば自由意志とは、「外的な強制・支配・拘束を受けず,自発的に行為を選択することのできる意志のあり方」と定義されている。つまり、ある人が自身の行為を自発的に選択するとき、その人は自由意志によって選択したと言われる。ある行為の出発点がその人自身となっているようなイメージである。

この自由意志という概念はなぜ疑われているのだろうか。それは、自由意志が因果法則と矛盾するためである。難しい話ではないので、このまま順を追って考えてみよう。

まず、この世界で因果法則が成り立っていることを疑うことは難しい。野球ボールが飛ぶのはバットから力を受けたからであり、雨が降るのは上空の水蒸気が冷やされて凝結したからだ。科学はこの「同じ原因は同じ結果を生む」という因果法則を前提に築かれており、私たちはこの法則を当たり前のものとして受け入れている。

では、この因果法則を人間について当てはめてみてはどうだろうか。そうすると、私たちの行動は経験、遺伝、環境などの様々な原因の結果として表れる、と考えることができるだろう。例えば、Aさんが夜ご飯にラーメンを食べたとする。この行動は、過去にラーメンを食べて美味しかったという経験や昼間に通った道で嗅いだラーメンのいい匂いなど、その他無数の要因が複合的に作用した結果として表れている。そして、このように考えたときに自由意志の存在する余地はどこにもない。私たちは外的な原因によって決定された行為を自由意志による行為とは呼ばないのである。

ここまでの話を整理してみよう。大前提として、この世界では因果法則が成り立っている。そして、人間は世界の一部である。つまり、人間にも因果法則が成り立つはずである。そして、因果法則に貫かれた行為には自由意志の入り込む余地がない。因果関係の連鎖の中には、純粋な出発点としての自由意志の入り込む隙はないのである。

自由意志は存在しないへの反論

しかし、こういった反論もあるかもしれない。私たちは自分で自分の行為を選択しているように感じる。これは私たちが自由意志を持っている何よりの証拠ではないだろうか。この疑問に答えているのは、自由意志を否定した哲学者として有名な17世紀オランダの哲学者スピノザである。彼の主著であるエチカの一節を引用しよう。

・・・人間は自分を自由であると思うということである。実際、彼らは自分の意欲および衝動を意識しているが彼らを衝動ないし意欲に駆る原因は知らないのでそれについては夢にも考えないからである。

(スピノザ、エチカ第1部付録、岩波文庫)

スピノザは人間が自分を自由であると思うこと自体は認めている。つまり、先ほどの反論の前半部分にあたる「私たちが自分で自分の行為を選択しているように感じる」という事実自体は認めているのである。彼はこの事実を認めたうえで、私たちが自由意志を持っているように感じるのは、ただ私たちが自分の意欲や衝動は意識しているが、そのような意欲や衝動を生じさせた原因については知らないからだ、と語っている。

ここまでをまとめよう。「私たちは自分で自分の行為を選択しているように感じる。これは私たちが自由意志を持っている何よりの証拠ではないか。」この疑問に対する、スピノザの答えはこうだ。私たちは確かに自分で自分の行為を選択しているように感じる。しかし、それは私たちが自由意志を持っているという証拠ではなくで、単に私たちが私たち自身の行動の原因を知らないということなのだ。

まとめ

今回は自由意志が存在しないという立場に立って検討を行った。この話の通り、完全に純粋な出発点としての自由意志は存在しないと私は思う。それは、全くの無から何かを生み出すというのが不可能であるのと同じだ。

しかし、自由意志という概念が無価値かといわれると全くそんなことはない。現代社会おいても意志と責任をリンクさせた社会制度は実際に機能しているし、ダニエル・デネットなどの哲学者は因果法則と自由意志を両立するものとして捉える両立論を主張している。

この自由意志という概念については、非常に様々な議論がなされているため、今後も興味深い話があれば紹介していくつもりです。今回の話はいかがでしたでしょうか。最後まで読んでいただきありがとうございました。

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