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『鬼滅の刃』にハマったら、人間関係がうまくいった話

『鬼滅の刃 刀鍛冶の里編』始まりましたね。すごく待った気がします。これから毎週観られるかと思うと嬉しくて……。

私は、1年半くらい前まで、ある証券会社で契約社員として働いていました。初めてオフィスに入ったときのことをよく覚えています。だだっ広く寒々としていて陽の光が入らず、天井はなんとなく低く、デスクとデスクの間が狭くて、もちろんパーティションはありませんでした。初日の朝、すでに「辞めたい、こんなところで働けない」と思いました。

私はコーダーで、WEBチームに所属していました。チームのリーダーは私より少し歳のいった男性で、なぜかはわからないのですが私のことをやたら責めました。物覚えが悪い私のせいなのですが、それにしても、彼の態度はほとんどパワハラで、周囲の人たちも「いくらなんでもあれは酷いのではないか」と引いていたくらいです。私はリーダーが近くに来ると身体が震えるようになり、心療内科で担当医に「死にたいです」と言ってしまうくらいに調子を悪くしてしまいました。

ところで私は、社内チャットやBacklogのアイコンを煉󠄁獄さんにしていました。これは作戦で、『劇場版「鬼滅の刃」無限列車編』のヒットがあったし、煉󠄁獄さんだったらアニメをあまり観ない人にも知名度があるだろう、それに『鬼滅の刃』を好きな人なら必ず反応してくれると思ったからです。

実際、何人かから私は「煉󠄁獄さん」と呼ばれ、冨岡義勇が好きな他の部署の人と仲良くなったりしました。

私のアイコンが、めちゃくちゃ流行っている『鬼滅の刃』のキャラクターだということを早い段階で知ったリーダーは、最初「私はおじさんだから流行りのアニメとかわからないし」と言いました。それは私にとって全くどうでもいいことでした。そんなことより、きつい口調と、引き継ぎをしているときにメモをとることを咎めたり、突然後ろに立ってびっくりさせたりするのをやめてほしい、と思っていました。

ところが、私が働きはじめてしばらく経ったある日、リーダーは私に近づいてきて、相変わらずぶっきらぼうな口調で言いました。

「『鬼滅の刃』のアニメ全部観たよ。映画も観てきた」

私は心底驚いて、何も言えませんでした。なぜですか、と聞きたかったけれど、理由を聞くのもなんだかおかしな話だと思い、無難な返答をしよう、と「どのキャラクターが好きですか?」と聞きました。リーダーは少し考えるような顔をして、「うーん、善逸かな。伊之助もいいよね」と笑って答えたのです。そのときの口調は、今まで私が食らってきたキツい口調ではなく、もっと柔らかい、敵意を感じない口調でした。そのとき初めて、リーダーに一歩近づけた気がしました。

その後、リーダーの態度は急激に軟化し、以前のようにパワハラめいた発言や行動はすっかりなくなりました。私がだいぶ仕事を覚えて、誰にも頼らずに日々の業務をこなせるようになったから、かもしれません。リーダーは、私に『鬼滅の刃』の話を頻繁に振ってくるようになりました。私はそれがとても嬉しかったし、だんだんリーダーがどういう性格の人なのかわかってきた気もしました。

リーダーは毎日、きれいに彩られたお弁当を食べていました。既婚者であることは知っていたので、愛妻弁当なんだな、と思っていました。言い方はちょっとひどいかもしれませんが、「こんな、人から嫌われやすい人のことを愛している人が、この世にいるんだ」と思いました。それを思ったとき、私もリーダーに対して嫌な態度をとっていたかもしれない、それがリーダーの逆鱗に触れていたのかもしれない、と反省し、毎日長い時間一緒に働いて顔を合わせるんだから、うまくやっていこう、という気持ちになりました。

そうしているうち、私にとってリーダーは信用のおける人になったし、仕事の悩みや人間関係についてを相談できる相手になりました。リーダーも、私の身体や精神状態を気にかけてくれるようになりました。

これらすべては、煉󠄁獄さんアイコンのおかげだと思っています。

ところが結局、私は仕事そのもののキツさにひどくメンタルを病んでしまい、リーダーに相談という名の愚痴を言っても、リーダーが気遣ってくれても、いっぱいいっぱいすぎて前が見えず、毎晩9%のチューハイを飲んでは「仕事に行きたくない、死にたい」と泣くようになってしまいました。

結局、私はその証券会社を辞めることになりました。お手洗いに行くタイミングすら周囲の状況を気にしなければならないのは、やはり少し異常だったと思います。

辞めます、とリーダーに言ったとき、彼はとても不思議な表情を見せました。困っているような、納得しているような。

もうリーダーに会うことはないだろうし、リーダーがこれを読むこともないけれど、ひとつだけ、言えなかったことがあるので、書き留めておきます。

まさかあなたが、『鬼滅の刃』を私のために観てくれるとは思いませんでした。私のために、と言うのはおこがましいかもしれません。言い換えるなら、私がきっかけになった、とかでしょうか。ともかく、あなたが『鬼滅の刃』を観たとき、私を思い出さないわけはない、と思っています。……やっぱりこれはちょっと自意識過剰かな。他の言い方をすると、

私は、『鬼滅の刃』を観るたびに、リーダーのことを思い出しています。

それは好意から来るものではなく、感謝から来るものです。あのとき私が煉󠄁獄さんをアイコンにしなかったら、そしてリーダーが「ちょっと『鬼滅の刃』観てみようかな」と思わなかったら、私はリーダーとの関係をどうやって良くすればいいかわからなかったと思います。

そして何よりも書き留めておかなければいけないことは、煉󠄁獄杏寿郎、あなたは本当に素晴らしい人だし、私はあなたに対して心から感謝しています。
ありがとう、やすらかに。

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