経済価値と社会価値が両立する時代になってきている 〜環境と経済の未来をつなぐ“J-クレジット“とは?〜
大切なのは「一緒にやりましょう!」の声かけです。
——そう語るのは、静銀経営コンサルティングのサステナビリティ・オフィサー堀慶彦さんです。
静岡銀行は1943年の設立以来、80年以上にわたり、地域の金融経済を支えてきました。
その静岡銀行などをはじめとする「しずおかフィナンシャルグループ」は、昨今、新興企業を支援するベンチャービジネスや、地域の将来を担う未来世代を対象とした金融経済教育セミナーなど、先進的な取り組みを数多く行っています。
中でも、現在力を入れているのがサステナビリティへの取り組みです。
環境や経済に配慮した持続可能な社会をつくることを目指し、同グループの静銀経営コンサルティングは2023年度より、二酸化炭素(CO2)等の削減量や吸収量を国が認証する「J−クレジット」制度への創出支援を始めました。
J−クレジットとはどのような制度なのでしょうか。また、どのような想いからサステナビリティへの取り組みを行っているのでしょうか。
"非財務的"なニーズに応えるために
弊社のメイン業務は、経営の課題解決をサポートするコンサルティング業です。
静岡銀行のお客さまを中心に、一緒に事業計画を立てたり、M&A(企業の合併・買収)や会社を次世代に引き継ぐ事業承継のお手伝いをさせていただいています。
他にも、DXコンサルティングや経営管理の国際規格であるISOの認証取得支援、ちょっと変わったところですと、銀行のネットワークを使った代金回収サービスなども取り扱っています。
弊社は今までは、どちらかといえば「財務的」というのでしょうか、銀行業務と親和性の高いコンサルティングが事業の中心でした。
しかしその裏で、財務に直結しない"非財務的"な分野へのニーズも非常に多くありました。
非財務的とは、たとえば、多様性を尊重する「ダイバーシティ」や社員の健康を意識した「健康経営」といった、長期的な視点で見ると企業にも社会にもプラスになる考え方やセクションのことです。
2023年度のはじめごろから、弊社でもそのようなサステナビリティ向上のための支援を試験的に始めました。
その中で、J−クレジットへの取り組みは、その先駆けとなりました。
環境価値を定める「J−クレジット」とは?
J-クレジットとは、CO2排出削減や森林管理によるCO2吸収量を国が認証する制度のことです。
ソーラーパネルを新たに設置し、再生可能エネルギー利用を積極的に取り組んでいるとか、森林の多面的機能維持のために木々の手入れを行い、それによりCO2の吸収に寄与する活動など、そういった環境保全への努力を国が価値化してくれるものです。
そうしてクレジット(価値)化したCO2削減量を、カーボンニュートラルを達成したい事業者に提供することで対価を受け取れる、といった仕組みになります。
この制度は企業がビジネスをする上で、環境への配慮を促進するだけではなく、今まで林業をきちんとやり続けてきた方々も対象になります。
たとえば、弊社が支援した十山株式会社さまは、今までたくさんのコストをかけて南アルプスの森林を管理されてきました。そういう取り組みは周囲から「素晴らしいですね」とか「立派ですね」と褒められるものの、その取り組み自体が資産価値を持つことはありませんでした。
それが今後、J−クレジットにより経済的な価値を生むようになれば、森林資源を維持、活用していくための資金になるとともに、持続可能な地域づくりにも役立っていくことになるでしょう。
持続可能な地域づくりのために
静岡でいえば、浜松市に天竜区という地域があります。
この地域には、明治時代の事業家である金原明善(きんぱらめいぜん)の治水・植林事業に始まる天竜美林が広がっており、森林組合やそれらの管理者や林業事業者、製材業者もたくさんあります。天竜地区は若い人たちが林業に関わる機会も多く、事業として成り立っています。
しかし他の地域だと、それがなかなか難しい。森林が多くあるにも関わらず、働き手が足りない地域も存在します。
人口減少に加え、中山間地では若い人たちが都市部に出て行ってしまうことで過疎化が進み、林業が衰退しているのが実情です。
一方で、SDGsやサステナビリティに興味を持っている若い方たちは少なくありません。
環境価値やカーボンニュートラル、生物多様性といった分野にスポットライトが当たり、かつ、ちゃんとお給料が出るとなれば、自ら手を上げてくれる方々も増えると考えられます。
J−クレジットによる経済の循環が、中山間地や林業に利益をもたらし、地域を元気にしてくれることを期待しています。
J−クレジットに関わるようになった経緯
私は2009年に静岡銀行へ入行し、そこから10年間ずっと銀行員として働いていました。その後、人事異動により、当社に赴任したのが2018年の10月です。
着任後しばらくは事業計画業務や、経営に課題を抱えているお客さまの支援をする業務に携わっていました。
その中の一社に、群馬県で牧場を経営しているお客さまがいらっしゃいました。
130年以上の歴史を誇るこの西洋式牧場は、400ヘクタール以上の広大な土地を有し、牛たちはその広々とした環境で自由に歩き回っています。牧場の半分以上は豊かな森林に覆われていました。
しかし、コロナ禍や原材料高により運営コストが上昇し、伝統的なやり方の維持が難しくなりました。そんな中、牧場が持つ資産を活用できないかと検討を進める過程で、運営スタイルを変えることなく収益を得る方法として着目したのがJ-クレジットでした。
静岡県も森林が多い地域であることから、この知見を活かせるのではないかと考え、本格的な検討を開始しました。
J-クレジットを事業化するにあたり、障壁は三つありました。
「会社に理解してもらうこと」「自身が制度そのものを理解すること」「お客さまに理解していただくこと」です。
「やらまいか精神」のある企業
まず、会社に理解してもらわなければはじまりません。これがなかなか難しかった。
なぜなら、「J−クレジットって何?」というところからの出発でしたから。おそらく、この記事を読んでくださっている方の中にも、この言葉を初めて聞いた方が少なくないはずです。
また、環境価値自体が目に見えないので、物を見せて「ね、いいものでしょ」とはいきませんし、実際に「何の意味があるの?」「人員を割けないよ」といった声もありました。
ただ、「これは素晴らしい取り組みだ」と言ってくださる方もいて、会社としても前向きに検討してもらえました。
誰がやるのか、どのように進めていくのかなど議論を重ねていくうち、徐々にグループ各社からも応援していただけるようになりました。
弊社は、新しいものへの理解がある企業だと感じています。
こうした背景には、しずおかフィナンシャルグループの中でも多くのお客さまと取引のある静岡銀行、その前身銀行の一つ「遠州銀行」の影響があるのかもしれません。
遠州銀行は、現在の浜松市に本店を構えていた銀行で、多くの挑戦的な企業を創出するなど、先取性に富んでいました。まさに、このような浜松地区特有の「やらまいか精神」が根づいているのだと思います。
現在も、グループ内で様々な先進的な取り組みが進められています。また、自社だけでは解決できない事業には、知識やスキルをもつ他業態などと提携し、チャレンジを続けています。
こうした土台があったこともあり、J-クレジットの事業化も一度波に乗った後は、実現までスムーズに進めることができました。
制度への理解を深めるために
会社への理解を求めるとともに、同時進行で、制度そのものへの理解を深めていきました。
当時は、私自身も制度への理解が追いついていませんでした。実際に制度を申請しようとして「やっぱりダメでした」なんてことにはできませんので、徹底的に調べ上げました。
ただ、会社としても新しい取り組みなので、当然、社内に頼れる相手はいなく、自分で調べるのには限界がありました。
また、林業について調べるにも、森林を所有されている方や、各地の森林組合、あるいは県や市、町といった自治体の協力が必要でした。しかし、しずおかフィナンシャルグループには林業に関わりを持つ者が少なく、弊社にも林業に関する知見は不足していました。
そのため、そういった制度や事業に精通した方々へのアプローチを開始しました。方法はとても単純で、林業やJ-クレジットに関係する方に、電話等で「教えてください!」とお願いし、アポイントを取ったら、直接会いに行く……その繰り返しでした。
県外まで足を伸ばすことも多々ありました。J-クレジット制度事務局や経済産業省、環境省、林野庁の方々にもお会いしてお話を伺いました。
ただ、前知識なしだと取りこぼしてしまう情報も多いので、あらかじめ手の届く範囲で予習しておくことも大切にしました。
こうしてステークホルダーとつながりをつくりつつ、制度への理解を深めていきました。
経済価値と社会価値が両立する時代になってきている
最後に、お客さまに理解していただくことの壁です。
おかげさまで地元では、これまでの静岡銀行との取引などによって、話を聞いていただけるところまではスムーズに進みましたが、受け入れていただくまでには時間がかかりました。
やはり、今まで身銭を切ってやっていたことが、急に「お金になりますよ」と言われても信じていいものか迷います。自分が説明される立場だとしても、やっぱり胡散臭く思ってしまうはずです。
そこでまずは、「経済価値と社会価値が両立する時代になってきている」という点を、しっかりと説明させていただきました。
地産地消カーボンニュートラルとか、地域共創・共生・循環モデルとか、土台になる概念をまずお話します。それらをご理解いただいた上で、「お客さまが今までやってきた環境保全への取り組みが認められる時代になりました」ということを伝えさせていただきました。
不思議な話で、「J−クレジットは儲かりますよ」という言葉はあまりお客さまに響かず、「社会に貢献する事業だから」とか「一緒に環境価値を生み出しましょう」とアピールしたほうが、興味を持ってくださるケースが多かったです。
大切なのは「一緒にやりましょう」の声かけ
やはりこの、社会価値や意義が大切だと考えます。
よくよく考えれば、林業に携わってきた方々は、ずっと昔から自然環境に寄り添ってきたわけです。
エコやSDGsなど、今は持続可能な社会づくりが注目されていますが、順序として逆なんです。森林を管理されている方々に、社会が追いついてきただけなんですね。
こうして、「なぜそれをやっているか」を伝え続けたところ、行政の方々が弊社の取り組みに興味を持ってくださって、講演やセミナーを依頼してくださるようになりました。
そんな中でJ-クレジットに関心を持ってくださる森林組合や自治体が徐々にあらわれ、私たちの取り組みが広がったという印象です。グループ全体で積み上げてきた顧客基盤もあり、「堀さんが言うなら検討してみようかな」と言っていただけることも増えてきました。
J-クレジットの売買仲介等のサポートしている金融機関は他にもあるようですが、プロジェクト登録の働きかけから登録、売買の支援まで、1から10までを自ら直接支援しているのは全国的にも珍しいようです。とても手間がかかるので、とっつきにくいのだと思います。
大切なのは「一緒にやりましょう」の声かけだと考えます。
しずおかフィナンシャルグループの基本理念は「地域とともに夢と豊かさを広げます。」のとおり、地域のお客さまとともに課題を解決していきましょうと声をかけ、環境価値が循環することで地域の夢と豊かさを広げていきたいです。
先生と生徒のような関係になった方も
世間にも徐々に広まってきたJ−クレジットですが、まだまだ言葉が先行してしまっている印象があります。
たとえば、SDGsやダイバーシティのように、なんとなく耳にしていても、「概念を理解していますか?」と聞かれると返答に窮してしまうなど、ぼんやりしたイメージで語られることの多い言葉だと思います。
少なくとも、それを取り扱う我々は勉強して、お客さまからのどんな質問にも答えられるようにしておかないといけません。
それでもときどきは、私たちにも即答できない質問をいただくことがあります。たとえば、最近では山椒について「静岡に産地があるのか?」「どうやって育てればいいのか?」といった質問をいただきました。本当に困ったなと(笑)
そういった質問にも真剣対応しています。一般的な情報を調べたり、ちょっと詳しい知り合いに聞いて回答すると、やっぱり喜んでもらえるんですね。
知らないことはとにかく調べて、それでもわからないことはプロにお話を聞きに行きます。そうしているうちに、先生と生徒のような関係になった方もいらっしゃいます。
少しのことでもお客さまのお役に立てることが、私たちの喜びでもあります。それに、こんなふうに一つひとつの質問に真摯に答えることで生まれる関係もあるのだと思っています。
「とりあえず、しずおかフィナンシャルグループに聞けば、何かしらの回答は得られるんじゃないかな」みたいな関係性が理想です。
コンサルティングの主役はお客さま
仕事をする上で大切にしているのは「利他の心」です。つまり、「仕事は人のためにするものだ」というのが私の考え方です。
とくにコンサルティングという仕事においては、利他的なアプローチがお客さまとの信頼関係をより強固なものにしてくれますし、長期的なパートナーシップを築いてくれると感じます。
結果的に、お客さまも弊社も一緒に成長していける——そんな理想的な関係が生まれるのです。
「誰かのために」と思ってやらないと、絶対ダメです。
……と、かく言う私も、入社して間もないころは、何よりも「自分が一番!」という気持ちが強かったです。
営業成績が上がったとか、大きな融資ができたとか、ちょっとのことで天狗になっていました。
でも、そういった勢いはいつまでも続きません。ある日、辛い出来事があって、メンタルが弱り、あらゆることが上手くいかなくなってしまったことがありました。
そのときに、時間をかけて自分の悪いところを顧みてみました。すると「行動の軸がおかしいのではないか」という結論に至りました。
自分本位で動いていると、視野も狭まり、判断を誤ります。みんなの協力も得られませんし、ぶつかり合いも増えます。心はすさんでいくばかりです。
一方で「誰かのために」という心で動くと、まわりが協力してくれやすくなります。成功もしやすくなりますし、心は健康になっていきます。心の健康は「誰かのため」を促進させ、さらなる幸せにつながります。
この事業に関しても、「J−クレジットをやりたいから」とか「ビジネスとして儲けられそうだから」という自分本位な動機だったら理解を得ることは難しかったと思います。
コンサルティングの主役はいつもお客さまです。
自分たちがやりたいことをやる、自分たちで事業を起こすのではなくて、お客さまのニーズの中で、こんなことや、あんなこともできるんじゃないかと、事業を組み立てていくのが我々に求められるミッションなのではないかと考えています。
J-クレジット参入をためらわせる要因
2024年3月12日に開催された第59回J-クレジット認証委員会において、弊社が支援したJ-クレジット創出プロジェクト3件を登録していただきました。
取り組んでみて、わかったことがいくつかあります。
まず、J-クレジット参入をためらわせる要因として、「申請までにやることが多くて大変」ということが上げられます。
たとえば森林クレジットにおいては、間伐をした面積を測定したり、過去の施業履歴を調査したりしなければいけません。家の面積を測るくらいならまだしも、何百ヘクタールもある森林が対象となると、林業を営む方々でも骨が折れます。
また、木の高さを調べ、今後どれくらい成長するかも特定しなければいけません。方法はありますが、非常に手間がかかります。
測定してからも審査機関とのやりとりがあり、時間もお金もかかります。個人でやるには負担が大きすぎるというのも、J−クレジット参入への障壁だと考えます。
ただ静岡県では、VIRTUAL SHIZUOKA構想という取り組みの中で、レーザースキャナを用いた3次元点群データの活用を進めています。これは全国でも先進的な取り組みです。
こういった行政の取り組みと積極的に連携を取りつつ、今後もプロジェクトを進めていければと思います。
また、「その後」が聞こえてこないというのも、参入を拒む要因に感じます。
J-クレジットは申請して終わりではありません。
創出されたJ-クレジットによって、林業者や所有者が経済価値を得られたかということも重要なファクターとなります。そのため、効果の報告があってこそ、制度が一層拡大していくのだと思います。
かけたコストに見合うだけのメリットがあるのかわからなければ、申請で足踏みしてしまうのも当然です。効果に関して、もっと声を届けていくことも課題だと考えています。
顔が見える地元の企業
地域の企業グループの強みは「顔が見える」ということだと考えています。私たちは、車で数時間かかる山奥であろうと、声をかけてくださったら直接お話しを聞きに行きます。
やっぱり、静岡県外の方がオンライン越しで打ち合わせをするのと、地元の人間が現場に行って、顔を合わせてお話しするのでは違うのではないでしょうか。
一概にオンラインが悪いというわけではありません。しかし、一生懸命手入れをしてきた木々を見ないことには言えないこと、伝わらないこともたくさんあります。
「こんなに丁寧に間伐しているんですね」とか「スギとヒノキが一緒に植えられているなんて珍しいですね」とか、管理をされている方々は現場の状況を見てほしいですし、膝と膝を突き合わせて話をするからこそ生まれる信頼関係があると信じています。
静岡発の取り組みとして全国へ
弊社が行っている持続可能なまちづくりへの取り組みはJ-クレジットだけではありません。
たとえば、静岡県中部地域で先駆的な脱炭素の取組を検討する「しずおか中部連携中枢都市圏(通称:しずおか中部5市2町)脱炭素先行地域づくり可能性調査業務」や、J−クレジット制度に県内中小企業によるJ-クレジット制度への参画を支援する「ふじのくにカーボンクレジット創出支援コンソーシアム」などがあります。
https://www.shizuoka-fg.co.jp/pdf.php?id=5971
今後は、このような地域や環境への取組の認知度を高めていきたいと思っています。
とくに静岡は豊富な自然資本を多く持っていますから。みんなで学び、お互いに認め合って、地産地消カーボンニュートラルを進めていきたいです。それは静岡のためであり、世界のためでもあります。
また、同じような想いを持っている地方銀行は、たくさんあると思います。そういった方々と連携しつつ、静岡発の取り組みとして全国にも広げていきたいです。