#10 ショートショートらしきもの「ホテルで朝食を」
危ない。時間ギリギリセーフだ。
ここのホテルのカフェのモーニングはかなり美味いらしい。同期の佐々木が出張で、たまたま泊まったホテルで、朝食を食べてから会社内に噂が広がっている。
それからこの周辺に出張に行く人間は、別のホテルに泊まっていたとしてもわざわざここに来るらしい。
ちょっといいホテルなので普段は泊まれないが、時期的に安いホテルが満室であったため、たまたまここに泊まれた。
それなのに、昨日遅くまで資料を作っていたせいで寝坊してしまった。
せっかくの美味しい朝食を急いで食べたくないが、しょうがない。
ここのカフェはパンにこだわりがあるらしく、トーストが1番の推しだと聞いた。
そしてそのトーストに合わせる為に開発された"トースト専用ハチミツ"というのが相性抜群で絶品らしい。
パンはなんとその日の早朝に焼き、焼きたてを味わって欲しいがために、焼いてから2時間後には残っていたものを廃棄するというこだわりだ。
時間がない。早速注文しよう。
「すみません。」
「ご注文お伺いします。」
「モーニングセットを1つ。トーストで。」
「ドレッシングはどちらにされますか?」
「フレンチで。」
カッコつけてオシャレな名前のものにしようとしたが、味の想像がつかないのでお馴染みのものにした。
「トーストにはバターと通常のハチミツ、当ホテルオリジナルの"トースト専用ハチミツ"がございます。どちらにされますか?」
ここは佐々木から聞いていた通り
「"トースト専用ハチミツ"で。」
「"トースト専用ハチミツ"ですね。そうしますと、当ホテルオリジナルのトースト、"トースト専用ハチミツ専用トースト"というものがございますが?」
初耳だ。
"トースト専用ハチミツ専用トースト"?トースト専用に作られたハチミツ。それ専用のトーストということか?
「そのトーストはここで焼かれたものですか?」
「はい。モーニングに使われているパンは全てこちらで早朝に作られたものとなっています。」
「じゃあその"トースト専用ハチミツ専用トースト"で。」
「かしこまりました。"トースト専用ハチミツ専用トースト"ですね。そうしますと、当ホテルオリジナルの"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ"がございますがどうされますか?」
どういうことだ?トースト専用のハチミツ、それ専用のトースト、そのトースト専用のハチミツ。確実に専用がインフレしている。だが折角なら最高の状態のモーニングをいただきたい。
「じゃあ、"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ"で。」
「かしこまりました。"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ"ですね。そうしますと、"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト"がございますがどうされますか?」
頭がおかしくなりそうだ。もうハチミツとトースト、どちらの話をしているのか分からない。
「"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト"で。」
「かしこまりました。そうしますと、、、」
「ちょっと待ってください。その専用トーストってどこまでありますか?」
「どこまで、、、"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト"です。」
「じゃあトーストはその"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト"で。」
「"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト"ではなくてよろしいですか?」
「え?あ、いや。それです。」
「かしこまりました。ハチミツの方は、、?」
「1番専用のやつで。」
「1番専用と申しますと?」
「だからそのトーストに1番合うやつ。」
「"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ"ですね。」
「ちょっと。そのトーストに1番合うやつって"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ"とかではないんですか?。」
「そうですね。"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト"には、"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ"が1番相性がいいです。」
「じゃあ他の専用ハチミツとかいらなくないですか?」
「まあでもお客様によっては"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト"には、"トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用ハチミツ専用トースト専用、、、」
「あ。もう大丈夫です。すみません。えっと。そのトーストとそのハチミツでお願いします。」
「かしこまりました。お待ちください。」
疲れた。注文するだけでこんなに体力使うなんて初めてだ。
「お客様。当店オリジナルのパンの提供時間を過ぎてしまいました為、トーストのご提供ができなくなってしまいました。大変申し訳ございません。」
〜おわり〜