ベッケンバウアー症候群を抱えて
僕はアスペルガー症候群だと自分では思うのですね。
精神科に行ってみたけれど、その時は診断されませんでした。
一件ではなくて、3件行っています。
その内の一つは日本でも発達障害の権威と言われる精神科医で、NHKの有名な番組にも出るような方でした。
特別な診察代まで払って受診したけれど、何も問題はないと。
前々から人の中で僕は違和感を感じてきた人間です。
學校でも職場でも友人たちの中でも親族の中でも。
それで先日、やはり職場で違和感を感じたのです。
その違和感とは、際立った個性というようなプラスの意味合いの他者との違いではありません。
僕だけが妙に浮いてるな、と。
マイナス方向での違和感なのですね。
學校とか友人や親族の中では
割りと個性で通用します。
そして一人っ子だから人馴れをしていないのだろうと十代頃までは自分に対して言い訳ができました。
しかしながら
現在45歳でバリバリに職場で仕事をしてきた過去があり、いまさら人馴れしていないという言い訳は僕が僕自身にできないものとなっているのですね。
僕が覺える違和感のまず一つ。
【極端にイレギュラーへの対応ができない】
不測の事態にパニックになってしまう。
接客業をしてきた僕にとってこれは本当に苦痛でした。
お客さんなんて予約でもしてなければ、いつ來店されるかなど予測不可能。
もう、これだけで僕にはイレギュラーなのです(笑)。
介護業だっていつ何時、利用者の容態が急変するかなんて予測し切れませんでしたから、いざと言う必要な時に僕は役に立てませんでした。
今、警備業をしておりますが、いつもと変わらない日常に警備員なんて実は要らないのです。
災害や傷病とか犯罪などのイレギュラーな有事に備えて僕らはいつもスタンバイしている訳です。
“その時“の為にスタンバイしているのにいざ“その時“にまともに動けない😰
日常の受付業務でさえ、イレギュラーな來館者が現れると僕は超絶パニックに陥ります(泣)。
勤め人が向いていないと言うよりも、僕の場合は、予測不能への対応に向いていないという事なのだと思うのですね。
続いて二つ目。
【お金の管理が全くできない】
今尚困り続けるお金問題。
僕は樂しみから遠ざかって生きてきた人間です。
自分から飲み歩きに行かないし殆ど風俗も行きませんでした。カラオケも映画もゲーセンもまず行きません。
遊んでいないのにお金が無いのです。
養うべき子供もパートナーもいた事が無いのにです。
貯金なんてただの一円たりともできた事がありません。
そのような経済状況と僕の樂しみから遠ざかる生き方でしたから、高級な外食に費やした事も無いのです。
“それでも“お金が無い原因として、衝動買いによる浪費だけが思い浮かぶのですね。
僕はパッと見て、悩まずパッと買うタイプ。
優柔不断さがあまりにも無くて財布と相談する過程を踏まないのです。
財布にお金が無くても借り入れて買う。
このようにして借金は膨らみ今に至ります。
僕の経済状況を知る人からは指摘を受けてきたのです。そして僕は自分を責めて反省するのです。
だけどお金の管理ができない😨
算数の範囲である二桁の足し算引き算ができない事が理由かと考えもしたのですが、僕は普段から電卓を使っている為、この理由は該当しません。
離島にいた時なんか、ほとほと困って職場の人に
『僕のお金を管理してくれませんか❓』
とお願いした事があるほど自分でも困り果てていました。
複数人にお願いしましたが、僕が頼むくらいしっかりとした人たちですから、そのしっかりさ故に断られるのですね。
『私に人様のお金の管理はできません』と。
アスペルガー症候群の特徴に普通の人が備えている常識の欠如があります。
普通の人は家庭でお金の特別な教えを受けなくてもお金を管理できるのだと思うのです。
學校でお金の大切さの講義を受けなくても、それぞれお金を大切に扱うのではないでしょうか。
皆が皆、経済学部とか経営学科や家政科を出ている訳ではありません。
もちろんファイナンシャルプランナーなんて少ない方でしょう。
しかし殆どの一般人は差こそあれどお金の管理はできているように僕には見えます。
つまり
お金の管理とは“常識の範囲“の話なのです。
お金が無ければ使わない。
そんな当たり前が僕にはできなかった。
少しでも貯金に回すなんてあまりにも高い目標でした。
それでも不幸中の幸いは
後にも述べますが、妙な眞面目さが僕にはあって、人から搾取するようなお金の稼ぎ方をしなかった点です。
それは確かに幸いでしたが、
僕はお金の事での罪悪感で一杯で、生きづらいものだったのですね。
➖なんで僕だけこんなにもダメなのだろう➖
三つ目です。
【愛を感じ取れない】
いわゆる一般の人々はそれなりに愛の感覺があるようです。
この点でいえば、僕はペットでさえ人樣のようには愛を感じないのです😨
いや、僕としては僕の内面が基準になりますから、僕なりの愛を向けているつもりなんです。
こんな僕であってもスピリチュアルに傾倒してきた人間ですから、これでも愛の重要性に触れてきた人間です。
ですから僕なりに愛を感じ、愛を表現してきたつもりなのですが、どうも他者から見ると愛が足りないように映るようです。
それこそ複数名のスピリチュアルな先生たちに愛の欠如や心の欠如、五感から感じ取る事の必要性を再三再四に渡って解かれてきたのです。
眞面目な僕ですから、殊の外眞剣に向き合ってきたつもりなのですが、どうもそれでも足りないようなのです。
僕の“つもり“が一般人の感覺に合致しない。
スピリチュアルの崇高な領域の愛では無くです😰
これにより僕はかなり悩んできたのですね。
『僕は人間失格なのだ』
と自分を責めてきたものでした。
四つ目。
【頑固偏屈な眞面目さ】
これもまた僕には思いっきり在るものなんです。
この眞面目さが僕に異常なまでの集中力を与えます。
そして普通の人には氣付けない(氣にも留めない)ものを発見したり網羅したりするのです。
僕の頑固偏屈な興味の矛先は、
やはり【人の心の闇】だったのです。
アスペルガー症候群の人は人の氣持ちが分からない傾向にあると言われています。
おそらくの話にはなりますが、僕の幼少期はその傾向があったように自分では思うのです。
しかしながら
僕の場合は幸か不幸か【人の心の闇】に興味を持った為、人の心や氣持ちを読み取るようになっていったと思うのですね。
自分の関心事にはとことん心血を注げるのもアスペルガー症候群の特徴です。
たとえば
僕はそれなりにモテていました。
封印してもし切れない何かが僕にはありました。
僕は女性全般を遮断していた為、學校でも僕から女子生徒に声掛けする事は皆無です。
僕が女子生徒を無視するには、相手からの話し掛けや挨拶などが無ければ成立しません。
徹底的に無視に努めたのですが、“それでも“僕としては無視をするのにも氣まずさがありましたから、誰にも声を掛けられない生徒を羨ましく見ていたのです。
僕は【人の心の闇】にフォーカスして生きておりましたから、直ぐに読み取りました。
箸にも棒にもかからない彼ら彼女らの悲痛な心の叫びを。集団の中にいるはずなのに感じる彼ら彼女らの孤独感を。
僕はこれだ、と思ったのです。
その類の【心の闇】も体験したい、と心の奥底で確信的にそう思いました。
そしてそれは実現しているのですね。
今思えばすごい事を考えていると僕は思うのです。自分でどこか人間失格だよな、と思う感覺もあります。しかし、だからといって彼ら彼女らの傷に塩を塗るような事はしていません。むしろ學校では(男子生徒に限られますが)、彼らと仲良くしてました。
また僕は自分が興味を待てば、誰に休む事を指示されようと関係なく断行し続ける性質がありました。
本当に寝ない、休まない、食べないで没頭し、自分も周りも時間も体調もスケジュールも関係なくなって遂行するのです。
不幸や悲しみや怒りなんて
誰からも勧められたことがありません。
“それでも“僕はそこへの純粋なまでの関心が拭い切れず、【闇】へと特攻したのです。
頑固偏屈な眞面目さが僕の場合は【人の心の闇】へと出たので、そのようになりました。
他者からパッと見て分かるような暴走族とか登校拒否者のような【闇】の表し方に僕は【闇】を見ませんでした。
外からは見えない家庭内に潜む【闇】とか
學校に普通に通っている生徒に潜む【闇】にこそ
僕は【大いなる闇】を見出しました。
自分で白状するのですが、
女性恐怖症の為にやむなく無視をする。
しかし
外からは普通の男子に見え、なんならモテ氣味。
というシチュエーションは僕にとっては憧れの【闇】でした。
その後の進学選択の時に大學進学をしなかった最大の理由は、女生徒との交流が嫌だった為なのです。
90年代後半の当時、カラオケや合コンが流行っていました。
僕はそれらの一般的に言う“樂しみ“を避けて大學には行かなかったというが本当の理由なのです。
僕の【闇】は大きさを増して今に至っているのですね。
最後の五つ目。
【ゆらゆら歩きと小刻み歩行】
僕は子供の頃は大きく手を振って、大きな歩幅で歩く子供でした。
あまりにも挙動が大きい為、たとえば店舗などの棚に陳列してある商品に大きく振った手をぶつけて商品を落とし、弁償を迫られる恐れがあるからと母に厳しく矯正されたのを覺ているのです。
その後、二十代になってから母が病弱で東京の大きな病院に連れて行く際に、母の歩くスピードに合わせるようになって、尚更に僕はゆらゆら歩きとピッチ歩行を身に付けてしまいました。
そういえば、高校生の時の女の子との初デートでも『歩くのが早いよ』と彼女が言った拍子に僕の腕を掴まれそのまま彼女の胸に押し当てられたのを思い出しました。
元々、そうではなかったのですが、今ではすっかりゆっくりとゆらゆら歩いています。小刻みに。
こちらもアスペルガー症候群の特徴の一つとして挙げられているものなのですね。
ざっと列挙しましたが、このような感じでアスペルガー症候群の特徴にかなり当てはまるのです。
しかし
その道のプロの医師やまして日本の権威と言われている人に診てもらっても、アスペルガー症候群の診断はつきませんでした。
この場合、僕の思い込みの可能性は大いにあるのだろうと思われます。
ですから僕は自分で僕の特徴に名前を付けるのです。
➖ベッケンバウアー症候群➖と。
なんとなく音の響きが近しい(と僕は思う)のと、
【皇帝】と呼ばれた彼が好きなので❣️😆
➖ベッケンバウアー症候群➖
これなら僕が勝手に言ってるだけのものですから、問題ないと思います。
ただ、もちろん誰に言っても通用しない言葉となります(笑)。
今更、“変わりもの“と呼ばれても、それは構わないのですね。むしろそれは昔から、僕にとっては褒め言葉に過ぎません。
一般的な感覺ですと発達障害は【闇】かもしれません。しかし僕はやはり人間として欠落したところが多いのでしょうが、僕の魂はそれを喜んでいるのです。
困っている時点でそれは僕にとっても【闇】なのでしょうが、僕としてはもはや【闇】を【闇】として【闇】のまま感じ切れなくなってしまっているのです。
俗に言う【闇】とは【僕の➖宝➖】なのです。
もっと言えば
【闇】とは【光り輝く➖宝➖】です。
【光の宝】とまでは断言しないけれど、
【光り輝く➖宝➖】として僕は認識し、そしてそれを相当に氣にいっているのです。
手放せるなら手放してしまって構わない➖宝➖。
一生持ち続けてもそれはそれで構わぬ➖宝➖。
【光り輝く➖宝➖】とはとても軽いものなのです🎈✨
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有料のものばかりなんですね。
僕は需要があると見ました。
きっとアダルトチルドレンだって描けば共感者はいるだろうな、と思うのです。
未だやってもいないのですが、おそらく僕には描ける世界観なんです。
僕にとってはかなりクリアなブルーオーシャンでしかない界隈。
表現全般は僕のフィールド。
そして【闇】の世界も同じです。
このフィールドでベッケンバウアーのように暴れられたら樂しいだろうな、と思います🥰✨
さて、また不得意な仕事に戻ります🫡
またね👋
チャオ❣️😘
➖“人間だもの“って自分で言ったら“それまで“です。人間辞めなきゃ無理という事になるから➖
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