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一瞬の雷

僕は人を愛することを思う時、
具体的に愛を落とし込んで

“その人と目交わえるかどうか“

と想像してみるんですね


それで思うのは

➖老若男女の人と目交わえる➖

となるのです


しかしながら
ただ一人に対して激しい抵抗があることに氣が付いたのです


それは

【自分自身】


僕が自分に抱かれるのも
自分が僕を抱くのも
両方に あまりにも強い抵抗があったのですね😅


この氣付きで

『ああ、これか』

と僕は思いました💡☺️


最初から今の今まで
僕の半生では
この一点が課題だったんです

愛する対象がいる幸せ

とは

誰かや何かを愛せる対象を愛する自分という対象が幸せ

なのだと思います


この愛が一切の見返りを求めないものであるならば、愛の悩みも愛の苦しみもありません

無償の愛の無償性が純度を増す程に
そして
その無償の愛が大きくなる程に

無償の愛という意識を有する自分が幸せなのです


つまりそれは

無償の愛と自分という意識が合致する程、

その意識は幸せですから、

無償の愛としての自分自身を聖長させることが

そのまま幸せになるということになります



誰かという対象を無償に愛する時
何かという対象を無償に愛する時

とは

自分自身を無償に愛する時です

その時というのは

自分自身を取り巻く見える環境

見える状況に対しても

一切の見返りを求めないので

自分というその無償の愛そのものが幸せなのです


【和】とは

【無償の愛】のこと


➖和を似て貴しとなす➖

とは

➖無償の愛に氣付いて(聖長して)無限大の幸せとなりなさい➖

という意味だと思います


そのことが

日本人の
日本という國の

無限大の発展となります



【和】そのものを【令】として出した

今この時代は

【令和】



 人の上に立たず
人の下に降りず

人の心の眞ん中に立つ

人の心に庵を置いて
春夏秋冬の心模様
尭風舜雨を五風十雨と千代に八千代に
人の心をば棲家と思う

庵の大黒柱をば
欠くことできぬ縦糸として
屋根に壁にと
横糸を編む


光差したれば
天照笑顔で

闇覆い隠せば
月心移ろい

地道行きたる
白き兎

道で仰げば
夜の餅つき

道を歩めば
世の望月


飽き心
遥かを望み
富裕の華(か)よ



すれ違う人々
名前も知らぬ人々と

袖の触れ合う人々に
多生の縁を感じれば

顔に晴れを
見えぬ心に望月を

所作の一つに和を発し
着物一つに華匂わせ
言葉の一つに雷込めて

魂(たま)に光を
地道に球を

地道は球を
巡りて回る

縦糸横糸
和を似て珠となす

珠を宝と
宝の魂(たま)を


祭統 白宇
SHIR㊉W

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