ごんぎつね その後二次創作
自分の言葉をごんがどう受け取ったのか、兵十にはわかりませんでした。実際のところ、彼の言葉には失望の色がありました。おっかあに先立たれ、気にかけてくれる人のいないと思い込んでいた自分に、くりを、まつたけを、形ある愛情を足元にぽつんと置き去ってくれた、まだ見ぬ何者か。友人の加助にこの話をしたとき、加助は「そりゃあ、神さまのしわざだぞ」と何でもないように言いました。彼の言葉を、馬鹿げていると切り捨てる気持ちは起こりませんでした。以来兵十は、玄関に置かれた山の恵みの向こうに、ありもしない神さまの影を見ていたのです。
それが、なんだ。おれの足元にいるのは、ただの醜い害獣じゃないか。おっかあを死に追いやった悪魔ではないか。
「お前だったのか」
先刻の震えた声では、この怒りは、失望は、表現しきれていなかったのかもしれない。そう思った兵十は、先ほどよりも強く、鋭い口調で同じ言葉をつぶやきました。
ごんには、まだ息がありました。火なわじゅうの口から未だ途切れることなく吐き出される青くくすんだけむりのように、今にも途切れそうな命の灯を絶やさずにいました。
そしてその目は満足げにきゅうと細められていて、口元には笑みが浮かんでいました。兵十の内側にくろく広がっていく感情には、気づいていないようでした。火なわじゅうの衝撃で、耳がおかしくなってしまったのでしょうか。
「死ぬな」
と、兵十は思いました。ひとりだけ罪から逃れて、そんな満足そうな表情で。
おれが、うなぎの入ったびくから目を離さなければ。そう思わない日はありませんでした。くりを食べてもまつたけを食べても、心にぽっかりあいた後悔の穴が埋まることはありませんでした。ごんはおれにくりをひとつ届けるたび、まつたけをひとつ玄関に落とすたび、おれのおっかあを殺したという罪悪の穴を――それが彼の中にあったのかすらわからないが――、埋め立てていたというのだろうか。
おれが、いままで、どんな気持ちで。
火なわじゅうはいつの間にか、けむりを吐き出すことをやめていました。それでも玄関にはけむりの匂いが残されており、ごんを撃ってしまった兵十を責め立てるように目と鼻の奥を刺激しています。このけむりがすっかり玄関から追い出されてしまうころには、ごんもいなくなっているのだろう。兵十はなんとなくそんなことを思いました。
兵十はごんの前にひざまずきました。その衝撃で、積み上げられたくりの山がぼろりと崩れ落ちます。ごんのちいさなからだで運んだとは思えないほど、たくさんのくりでした。火なわじゅうを持って玄関にでたとき、気が付かなかったのがふしぎなくらいに。
くりの山と、にくきごんの背中。先に兵十の目に入ったのは、いったいどちらだったのでしょう。すべてが終わった今となっては、兵十自身にもわからないのでした。
兵十はごんの耳元で、他に誰が聞いているわけでもないのに、すこし声をひそめて言いました。
「ごん、おまえがいつもくりをくれていたとわかっていたら」
そんな兵十にも、ひとつだけはっきりとわかることがあります。自分は今、こころの底から後悔している。
「わかっていたら、くりも、まつたけも、飢え死にしたって食べやしなかったのに」
びくん!
ごんの目がおおきく開かれ、ちいさなからだが一度だけ揺れたのは、きっといのちの灯が消える、最期の瞬間がおとずれたせいなのでした。
それから兵十は庭に出て、ごんの遺体とごんが運んできたくりを、一緒に埋めてやりました。
それが終わると、兵十はきっと今までごんがしてきたように、山に入ってくりとまつたけを取り、きのうと同じように料理して、食べました。
そうして兵十はその晩、おっかあを亡くしてから初めて声を殺して泣きました。
Twitter(X)でちょっと話題になっている(ような気がした)ので。考えたくなるよね、こういうの。「この物語の続きを考えてみましょう」みたいな授業、私は受けたことがないけど本当にあるのかな。楽しそう、という思い半分、義務としてやらされるのは何か違う、という思い半分。
せんでん。
5ヶ月ぶりの成果物。