東風と聞けば思いだすのは東風吹かば
菅原道真公の御歌
拾遺和歌集は、古今和歌集、後撰和歌集に次いで編纂された和歌集だね(詳しくは知らん
大鏡は、よく知らないが歴史物語的な何かだったよな🤔
どちらも平安後期の成立だと思う。
菅原道真公のお話
菅原道真公といえば、894年の遣唐使廃止が有名だよね。
それから、太宰府天満宮の学問の神様として、特に九州地方の尊崇を集めており、かく言う俺も、3年担任を持った折は、三社参りのラストを太宰府天満宮にして、はるばる福岡までお守り買いに行ったものだ。
太宰府天満宮には飛梅ってのがあり、まさに前述の歌を投げかけた都の梅が、左遷された道真公を慕って、太宰府まで飛んできたと言われるものだ。
そして、何より俺の心に残っている逸話は天神様となった道真公の話である。
結局、道真公は左遷された太宰府で都に戻ることもできず失意の中で亡くなったそうなのだが、何と道真公は祟り神となって、自分を左遷させた藤原氏や、天皇などを死に至らしめることになる。
何とも恐ろしい神として、日本三大怨霊として数えられているのだ。(あと二人は平将門と崇徳天皇)
実はここからが日本のすごいところで、俺の大好きなところである。
人を突然死させたり、雷を落としたりする恐るべき怨霊となった道真公に対して,どのように対処するか。
霊能力を持つ人々を集めて祓ってしまうのか、より強大な神にすがって、追い払うのか。
なんと、日本は怨霊となった道真公を神と崇め奉ることで慰撫するのである。
北野天満宮をはじめとした天満宮は、そうやって造られる。実は日本各地にある天満宮とは、菅原道真公が祭神なのである。
菅原神社という神社もあるのだが、それを合わせると日本のあらゆるところにゆかりの神社が存在する。
そうして、今や学問の神様として尊崇を集めるのが菅原道真公なのだ。
東風吹かば
こんなエピソードに富む道真公が都を離れる際に詠んだと言われるのが冒頭の一首である。多少表記が変わっているが、ほぼ同じ意味。
東風が吹いたなら、その香りを(私のいる太宰府まで)送ってくれ、梅の花よ。主人である私がいないからといって、春(咲くことを)を忘れるなよ。
まあ、こんな意味だ。
東風と聞くと、この歌を思い出すのである。