療育と、療育手帳の更新
療育手帳の更新があり、前回と変わらずA2判定でした。ひとつの単語も出ないし、それはそうだよね。定型の五歳児と比べたら、その開きは手帳を取った当時以上だと思います。
先日、はじめて施設に入ってからの長男の集団療育に伺いました。長男は家にいた頃からルーティーンにこだわりがあるタイプで、療育でもやはり流れが変わると戸惑ったりするそう。見通しがわかるほうが本人もやりやすいようでした。
動作は稚拙ながらも、自分で着替えたり、道具箱に私物をしまったりする仕草に驚きました。 いちばんびっくりしたのが、名前を呼ばれたときに挙手したことで、これは昔ではありえないことでした。自分の名前すら理解してないのだなぁと、気が重くなっていたあの頃を思うと、とても同じ我が子と思えず、思わず泣いてしまいました。それから、トイレに行きたいときもきちんと意思表示していて、お小水に関してだけですが、便座にちょこんと座って用を足すようになっていて、驚きと、施設の方への感謝とで胸がいっぱいになりました。おむつからトレパンに替えて、敷きパッドを敷いてトイトレを初めてくださり、おむつよりも不快感が強いようで、自ら尿意を訴えるようになったそうです。
集団療育も、以前通った場所では高機能のお子さんがほとんどで、その差に愕然としましたが、今のクラスは重度の子が多いようで、実際言葉でやりとりできる子は(欠席者もいましたが)その日はひとりしかいませんでした。
驚いたのは、紅白の玉入れをしたときに、稀に間違えながらも、きちんと赤い玉、白い玉をいれる場所を認識して玉入れをしていて、間違えるときも、例えば自分では白い玉を持ちながら、赤い玉を持っている他の子をじっと見ていて、本人のなかで持っている玉と見ている玉を混同して入れているな…と傍観している側にはすぐわかるような間違え方で、物事のルールだとかをちょっとずつでも分かるようになっていることを知ることができ、今回彼の療育での姿を見ることができてとてもよかったなと思いました。
わたしはこういう子育てをしていて、もうよろこびはないだろうとずっと思っていました。スモールステップと言えば聞こえはいいですが、我が子を絶対評価するのって、きっと定型発達でもむつかしいと思います。子育ては手探りだし、であればこそ、よそのお子さんと比べて一喜一憂するのは、程度の差こそあれどの家庭でも同じだろう。障害児育児はさらなりで、どんなにできることが増えても、一般的な発育の子供を見て絶望する…そういう繰り返しでした。だけれど、自分の名前を聞き分けて手を上げたり、トイレに行きたいと、ひとつの単語も出ないのにちゃんと伝えてくる長男の姿を見て、わたしはとても嬉しかった。施設にはいるまで、ほんとうに苦しいことばかりだったけれど、この日は本当によろこびとか感動でいっぱいになって、つらいことがあっても、今日のことを思い出して踏ん張ろうって思いました。