【五首選】永井陽子@『現代短歌の鑑賞101』
今回初めて知った歌限定で五首選です。
てのひらの骨のやうなる二分音符夜ごと春めくかぜが鳴らせり
骨の死のイメージを下敷きにして、春の初めの生のイメージが静かに歌われる。自分の掌の骨まで鳴るような感じがする。掌の骨の形と二分音符の形、二分音符の音の長さと春の初めの風には少しずつ接点があって、歌は最初から最後まで途切れず繋がっていく。
ここはアヴィニョンの橋にあらねど♩♩♩曇りの日のした百合もて通る
「♩♩♩」は「しぶおんぷ」などと読むこともできるだろうけど、個人的には言葉ではない、何らかのメロディを乗せて読みたい。それがこの歌に一本の筋を通すと思う。そして、曇天と百合のどちらが欠けても、思いは遠い橋へと飛ばない気がする。
丈たかき斥候(ものみ)のやうな貌(かほ)をしてf(フォルテ)が杉に凭れてゐるぞ
凭れているぞ、と呼びかけられて目を向ければ、冷徹で強かな感じの人が凭れているのかなと思う。でもフォルテの記号の形そのもののイメージも捨てがたい。景がキメラのようになって、その人の貌は見えそうで見えない。
ゆふさりのひかりのやうな電話帳たづさへ来たりモーツァルトは
電話帳??と思うけど、本当にやって来そうな確かさがある。歌い方にためらいがない。
十人殺せば深まるみどり百人殺せばしたたるみどり安土のみどり
音数8・7・8・7・7。初句~四句が呪文のように響いて、結句は7音に収まっているはずなのに宙ぶらりんで、そこが現実と非現実の境界のように感じられる。死者の血が「みどり」としてよみがえるようだ。