見出し画像

『ぬるい部室のあつい瞬間』(短編戯曲)

〇登場人物
上村(17) 女子
浅井(17) 女子
田渕(18) 男子


制服姿の上村・浅井、同じ低い机に向かい合わせで正座し書道をしている。
上村は下手、浅井は上手で舞台中央にそれぞれの体が向く形。
背後には壁。そこには紐と洗濯バサミで様々なサイズ・作風の書道作品がぶら下げられている。

上村「…ハックシュ!…あー、終わった」
浅井「ずれた?」
上村「うん。でもどうにか、なりそう」
浅井「頑張れ」
上村「鼻水出た」
浅井「頑張れ」
上村「現在進行形で出てる、ぶらさがってる」
浅井「嘘だろ」
上村「やばい紙に垂れる」
浅井「鼻水拭け」
上村「諦めない」
浅井「キモすぎる」

上村、紙から集中を逸らさずに思い切り鼻を啜る。

上村「…ああ」
浅井「垂れた?」
上村「ここ点々いらないじゃん」
浅井「普通にミスらないでくれ」
上村「スペルミス」
浅井「それなら鼻水垂れた方が良かったわ」
上村「あー。…あー。あーまじで出だしめちゃくちゃ良かったのに。あー。もういいわ」

上村、先ほどの様子と反して乱雑に墨を付け適当に筆を走らせ始める。
上村・浅井、同時に筆を置く。
上村、おもむろに立ち上がり、中央に吊るされているかな書道(小筆を使った細字で繊細な書道)の作品の左横にたった今荒らした半紙を吊るす。
上村、戻って来て座る。
2人、その2作品を見る。

浅井「より醜さが目立つね」
上村「うそ、芸術は爆発やとか思ってたけど」
浅井「舐めんなよ」
上村「これだって結局は何言いたいか分からんやん」
浅井「でもめちゃくちゃ上手いことは分かるじゃん」
上村「確かに。…なんかレベチだよね田渕先輩の作品って」
浅井「あーこれ田渕先輩の作品か」
上村「そうでしょ。凄すぎるもん。なんか。ポエマーだな田渕先輩って」
浅井「田渕先輩が作った文じゃないだろこれ」
上村「え」
浅井「え」
上村「自分の心情とか書いてるんじゃないの」
浅井「かなは、和歌とかの古典文学を写してんだよ」
上村「うぇー、気分とか目標とか書いてんのかと思ってました」
浅井「なんでそう思えんの?」
上村「だってみんなはそうじゃん。ほら、みさ先輩とか。『マサキと文化祭で、絶対ツーショ撮る』」
浅井「終わってるよこれは」
上村「副部長のこと終わってるとか言うなよ!」
浅井「副部長なのにこれを部室に掲げようと思える精神は腐ってるよ」
上村「感情に素直でいいだろ」
浅井「あんたもだけど、感情を作品にぶつけすぎてるよ。黙って和歌写せよ」
上村「和歌の方が、メロディーもないのに何を歌ってんだと思うだろ」
浅井「思わねえよ。上村なんか特に、作品に限らず、すぐこうやって感情露わにするじゃん」
上村「いやいやいや…浅井さんだって結構機嫌分かりやすいですよ」
浅井「え、マジ」
上村「まじ」

上村、筆を高く持ち上げペン回しのようにクルクル回転させた後、思い切り筆置きに叩きつける。カンッという大きな音が鳴る。

上村「これ」
浅井「何」
上村「浅井、機嫌悪い時これ絶対やる」
浅井「嘘つくなよ」
上村「マジだって!え、記憶ないの?」
浅井「(筆を上げてぎこちなくペン回しをしながら)こんなんやったことないんだけど」
上村「あ、そこは、アレンジ」
浅井「アレンジすんなよ。人のモノマネで」
上村「ここよ、ここ(筆置きにカンカンと打ち付ける)」
浅井「あー…。怒ってるとき、何かと物に当たってしまう癖はあるかも」
上村「担任と進路でめっちゃ揉めてたじゃん。夏休み前くらい」
浅井「ああ、ね」
上村「その時期の浅井、凄かったもん。カンカンカンカン。ノートに数えたもんね、正の字で」
浅井「お互いキモすぎるな」
上村「4回だった」
浅井「…正の字…」

浅井、机の真ん中にある半紙を取り手元で文鎮を乗せる。

上村「いいのよ。機嫌変わんない人の方が怖いよ、むしろ」
浅井「まあ。確かにね」

上村、半紙を取り文鎮を乗せる。2人、またゆっくりと書き始める。
沈黙。

上村「田渕先輩も、死ねとか言うんかな」
浅井「あー。バカ」
上村「ごめんごめんごめん」
浅井「ダメだ、ボツ」

浅井、先ほどの上村のように適当に筆を走らせたのち紙を丸めて後ろに捨てる。

上村「気になってしまった」

 2人、壁に吊るされた田渕の作品を見る。

上村「だって男子高校生でこんなん書く人、悟り開いてるだろ」
浅井「まあね」
上村「性格も仏のようじゃない」
浅井「ああ…まあ」
上村「田渕先輩怒ったらどうなるんだろ。怒らせてみようかな」
浅井「こんなん書いてる人(みさ先輩の作品を指さす)を許せるんだから、相当なことしない限り怒らないでしょ」
上村「あれ今日なんで3年生いないんだっけ」
浅井「進路説明会」
上村「ああ、そうだ」
浅井「でも4時までって言ってたから、もうそろそろ来るんじゃない?」
上村「絶対聞く。浅井、賭けよう。なんて答えるか」
浅井「え?」
上村「田渕先輩に、怒ったらどうなっちゃうんですか?って聞くから」
浅井「どうなっちゃうんですか?って言うな」
上村「どうなるんですか?」
浅井「そうね」
上村「怒ったらどうなるんですか?って聞くから、どう答えるか」
浅井「賭けるの?」
上村「賭ける」
浅井「何を」
上村「墨汁代」
浅井「うわー。…ちょうどいいー」
上村「決定」

浅井、また紙を取り書き始める。上村は頬杖をつき田渕の作品を見ている。

浅井「上村は、どう思うの」
上村「…『深い、呼吸をするかな』、とか言いそうじゃない?」
浅井「深い呼吸」
上村「なんか、独自の呼吸法とかで、怒りを鎮めてそう」
浅井「めちゃくちゃキモイけど、…ありそうだな」
上村「浅井は」
浅井「あーん…わかんないな、ほんとに。でも『…叫ぶよ、時には』とか言いそう」
上村「えー?ほんとに?」
浅井「ふざけんな!とかじゃなくて、キエーッとか、怒りを解放するためだけの、叫び」
上村「…変だろ」
浅井「変だよ。かな書いてる男子高校生は」
上村「『歌詠むかな』とか答えられたらどうしよう」
浅井「やばい」
上村「『怒りがわいても態度には出さないさ、歌に昇華しているんだ』」
浅井「『それが、賞を取ったこともあるんだよ、ははは』」
上村「悪口で賞取ってる可能性出てきた」
浅井「ないだろ」
上村「いやありえるぞ」
田渕「おはようございますー(上手から登場)」
上村「ありえないですよね」
田渕「えっ?何が?」
浅井「なんでもないです」
上村「田渕先輩。あなたの話をしていました」
田渕「えっ、なになにー」

田渕、上手端にある教室机でプリントを整理したり道具を出したりと作業をしながら話をする。
浅井、田渕に背を向けた姿勢のまま書道を続けている。

上村「田渕先輩」
田渕「はい」
上村「田渕先輩って、怒ったら、どうなっちゃうんですか」
田渕「怒ったら、どうなるか?僕が?」
上村「はい」
田渕「えー…うーんと…。かな!かな書く」
上村「…内容は、」
田渕「内容は普通に既存の和歌!でもそのー…怒っている相手とか、嫌だなあって思った人の名前が入ってる歌とかを、選んで書くかも」
上村「名前。…例えば “ちはやちゃん”って名前の人に腹が立ったら、ちはやふる~の歌を書くってことですか」
田渕「そうそう!そゆことそゆこと」

上村、壁に吊るされた田渕の作品を見る。田渕、それに気づく。

田渕「それも、…うん、そうだね。かなは形が崩れてて読みにくいから、誰にもばれないって思っちゃってるかも」
上村「え、え、え…誰に対する、どんなー、その―、」
田渕「いや怒ったって言ったって、ほんとに大したことないよ。夏くらいまで付き合ってた人に急に振られちゃって、理由聞いても無視でさ、それはないだろうって。失望かな、どっちかっていうと」
上村「…5万払うんでなんて書いてあるか教えてください」
田渕「あははは、ええー…」
上村「絶対口外しないです。誰かにバラしたら、歌とかじゃなくストレートに私の悪口書いて展示していいです。してください」
田渕「あはは、それは、僕が怒られちゃうよ。…うーん…じゃあ、この歌を一回だけ、詠みます」
上村「まじですか、ちょ、スマホ」
田渕「あーメモなしで!すぐ読みますよ、いきます。…えー…、と…『春立つと おもひもあへぬ 朝出(あさいで)に いつしか霞む 音羽山哉(おとはやまかな)』」

上村、田渕を見たまま固まる。

田渕「ごめん僕、筆箱置いてきちゃったから取りに行ってくるね」

田渕、上手へ走り去る。
沈黙。
上村、浅井を見る。浅井、筆を止める。

上村「…“あさい”、って言ってた?」

浅井、筆を勢いよく筆置きに叩きつける。カンッと音が鳴る。

暗転

いいなと思ったら応援しよう!