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「永い言い訳」ー西川美和


「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくない」

絶頂に達する直前に、行為を拒否する昔の彼女との回想から始まるこの本を
読み始めてから読み終わるまで、
一瞬たりとも「止め時」(本を読み進めるのを止めるタイミング)が分からなかった。

それでありながら、止めずに読み進めれば読み終わってしまう「そのとき」が来る。
それが怖くて、半強制的に本を閉じようと努力もした。
でも無理だった。
せめてもの抵抗に、ゆっくり読もうと音読をしてみたら、余計に涙が出た。
翌日、つまり今の私は、わりとひどい顔をしている。

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事故により妻が死んだその瞬間を、愛人と過ごしていた作家の男は
妻を失った「喪失感」を演じるしかなかった。
夫婦生活が破たんしていた。妻への愛情など、無かったから。

その妻の友人の女も、共に事故で死んだ。
その女の家族は、失ったものの大きさを抱え壊れそうになりながら
ぎりぎりで生活を続けようとしていた。

この2つの家庭の交流が始まると、作家の男に変化が起こる。
新しい家庭の中に、今まで得られなかった「存在意義」という暖かな受け皿を見つけ、
それに浸ることで、妻を失った哀しみから目を背け、今の自分の生活を肯定していこうとしていた。

でも、

「愛するべき日々に愛することを怠ったことの、代償は小さくない」。


その心地よかったはずの「新しい絆」を放棄してみて気が付くのは、
自分が与えなかった愛により、妻を傷つけ続けていたという事実。
そして、そんなことしかできない自分の人生に嫌気がさしていること。

失ってからその大切さに気づくとは、使い古されたフレーズながら
的を射すぎていて、大事な場面では、その言葉から目をそむけたくなる。

タイミングを逃せば、二度と会えない人がいる、という事実。

今を見くびってはいけない。
過去や未来を見る夜も、圧倒的な「今」を、受け止めないといけない。

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平日、「お先に失礼します」という声を聞いて、はっとして時計を見ると
17時や18時という、いわゆる夕方になっていることに気が付いて
その日一日がそろそろ終わろうとしていることに気が付き、
今日も「すべきこと」に追われて、寿命を1日減らしたと思うと、息が詰まりそうになる。
そんなことを5日も繰り返せば、一週間が終わる。

私は、今を大事にできていないと思う。

窓辺で体育の授業の嬌声を聞きながら、進まない時計に視線を移す。
あと10分がなかなか終わらない退屈な授業を受けていた頃が
いかに甘美でキラキラしていたのかを考え始めると、
詰まった息を溜息に変えるしかないほど、哀しい気持ちになる。

足乗せの理想的な高さより、やや低い位置にある机のパイプに足を乗っける違和感や
荒れた椅子の断面にタイツがひっかかる不愉快な気持ちさえ
もう一度味わえるのなら、タイツの2本や3本、いや100本くらい
差し出してもいいんじゃないかと思っている。

きっと「今」をのちに思い起こせば、
もっと大事なものがあったことに気が付くのかもしれないのだから。
私は何か、「今」に期待しすぎな気もする。
もっと、「今」の周りの「人」に感謝していかないといけない。

・・・などと思い始めていますと。

日々の忙しさに追われながらも、
読書からは離れることなくやっていますが、
「読書」のその「個人性」から、ちょっと内にこもりがちな昨今で
溜めたものを吐き出す時間すら惜しいくらいに
ずっと次、次、と読み進めていましたが、
少し回りを見回す余裕をつけるように、気を付けようと思います。


本作は、「優しさは嘘からできてる」とか「存在意義」とか
「嫉妬」とか「取り繕い」とか
なんか人の悲しいところに、ぐっと強く触れてくる作品でした。

優しさって、嘘なんじゃないの?相手を思っているようにみえて、
「ワザワザ」と囁かれたら冷や汗が出る、そんな自分のための行為なのでは?

「君のおかげ」「君がいなくては」と思って欲しいんでしょ?
「居場所」がほしいから、自分無しで大丈夫そうな人やモノに「嫉妬」して
その結果傷つけて、でも自分も傷ついたと自分の行為を正当化させてるんでしょ?
などなど。

少し落ち着いたころに、時間を作って
このホント、またがっぷりと、組みあってみたいです。

#読書
#本
#西川美和

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