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【食紀行:ストーリーを求めて旅に出た②】大阪・リロ珈琲喫茶

フラスコを覗くと見えるもの…それは“古き良き時代”だろうか、それとも“湧き出る新しさ”だろうか。稀にその“どちら”にも出会うことがある。大阪の中でも新しいもの好きが集う街・心斎橋を拠点に3店舗を構える“リロコーヒー”。その系列店は、ロースター(焙煎所)、カフェ、喫茶店とバリエーションに富むが、今回私が訪れたのは、その中でも昭和レトロブームの先駆けとも言える、オープン7年目の“リロ珈琲喫茶”だ。

木製の扉をくぐって私を出迎えてくれたのは、去年のバリスタの全国大会で7位を受賞した鹿庭さん。お試し気分で出場したところ、持ち前のプレゼン力と人なつこさと探究心で周りを巻き込み決勝まで残ったという異例の実力者だ。

彼女がコーヒーと出会ったのは大学時代。一人暮らし先のアパートの、隣の部屋の先輩の影響でそれまで苦手だったコーヒーを克服し、自身もコーヒー好きに。毎朝毎晩、惜しみなくコーヒーを淹れてくれる先輩の部屋には、いつもレコードやCDでJazzがかかっていたという。

ロースターで購入した新鮮な豆を手動ミルで挽き、都度ハンドドリップで淹れる先輩の横で、その香りや豆のふくらみ、お湯の温度で移ろう微細な味わいを体感したのが彼女の原体験であるように、鹿庭さんのコーヒーに向ける思いも、“生活を彩るが、そこに根づいたものであってほしい”と飾らぬものだ。

そんな彼女が担当するのは、サイフォン式の抽出方法。重力で落とすドリップコーヒーとは異なり、フラスコ内の蒸気圧の変化を利用し抽出する方法で、器具の扱いや手入れが煩雑なため、チェーン店のコーヒーショップではなかなか見かけないが、前職の時代からサイフォンを扱っていたという鹿庭さんの手さばきは手慣れたものだ。

休日の午後。お客さんの半分は海外からの観光客のようで、多言語が飛び交う。


この日注文したのは、“大阪の秋葉原”と称される賑やかな日本橋をコンセプトにした“日本橋ブレンド”。オススメの淹れ方はこの浅煎りブレンドの持つポップさと香りのやわらかさが引き立つよう、もちろんサイフォン抽出だ。いつだってスタートのタイミングは重要だ。ランプに火をつけフラスコ内が温まり湯が沸くと、そこからは饒舌で丁寧な説明が始まる。
初めてサイフォンに触れる人でも分かりやすいように、サイフォンの原理から、この抽出方法による味や香りの特徴、それらが際立つようにブレンドされた豆の説明。コーヒー好きを自負する私でも、語り手を代え改めて説明を聞くと、新鮮味も学ぶことも多いことに驚かされる。

心地良い彼女の語りにわくわくしているうちに、フラスコの中のコーヒーはすっかりと飲み頃になっている。自席に運ばれたフラスコとデミタスカップは遠近感が狂うような組み合わせだが、ほどなくそれは正しい選択だと知るのだった。
「温度や時間とともに味や風味も変わっていくので、それも楽しんでください」
豆の特徴が書かれたコーヒーカードを残し、鹿庭さんはカウンター内へ。ここからじっくりと、私とコーヒーとが向き合う時間が始まるのだった。

エチオピアを使ったコーヒーゼリーも一緒に。

用意されたのがデミタスカップであるのはおそらく、触れる空気を最小限にし、味を楽しんでほしいからに違いない。カップ内から立ち昇る香りは桃を連想させる軽やかな甘さで、一口含んだそれはにわかにコーヒーとは思いがたい透明感と爽やかさで溢れている。
一口ひとくちを味わうように飲んでいると、最初とは異なる風味を感じることになる。桃に続き、マスカットのような明るさ、そしてカシスのような重みへと変化していくそれは、知覚の幅を軽々と越え既存のコーヒーの概念をぬりかえる。

サイフォンで抽出したアイスコーヒーも楽しめる。

木製の壁にかけられた古時計、骨董品のように陳列された重厚感のあるケトル、壁一面に広がるコーヒー産地の世界地図…店内は昭和レトロや古き良き時代を彷彿とさせる空間で統一されているが、そこで提供されるコーヒーは、確かに、新しい。
厳選されたスペシャリティコーヒーのみを取り扱い、ハンドドリップ、サイフォン、アメリカンプレス、エアロプレス、エスプレッソと抽出方法を選べる他、ここでは日々新しい熟成方法を取り入れたブレンドが生まれている。どうやら“日本橋ブレンド”もその方法から生まれたようだが、その手法はお店でのみ、教えてもらえるようだ。

“古き良き懐かしさ”を求め訪れた“リロ珈琲喫茶”だが、うっかりと出会ったその新しい潮流は、コーヒー業界を更なる波の先へと導いてくれるだろう。
「理想の美」を追い求め、発展した芸術の歴史があるように、今ここに欲しい新しさへの探究心に溢れた“リロ珈琲喫茶”は、あなたの生活も彩ってくれるに違いない。


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