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思い通りにいかなくても、書き続けること。

2024.4.19

進めたいと思うことが、思う通りに進められない日がある。もどかしさと、焦る自分と、やるせない気持ち。また急に寒くなったりして、身体も少し変な感じ。

習慣にしている「まりこ先生のヨガ」をしても、朝ごはんを食べても、何をしても気分が上がってこず、ということが数日間つづいていて、そんな自分に「大丈夫かな」と少しだけドキドキ。

季節や気圧やいろんな変化にとても揺らされやすい身体と心だなといつも思う。今に始まったことではなく、昔からずっと。

だから、こういう時は焦る気持ちはもちつつも、自然とあがってくるのを待つのがよさそうだな、と心得てはいる。

それでも、日々自分がボールとしてもっているものを少しでも前に進めていきたいので、気分転換に。と、お気に入りのカフェへ出向いた。

いつも温かく出迎えてくれる笑顔に、少しだけ心がほぐれていくような気がした。私にとってカフェという場所は、ありのままの自分であることを受け入れ、クサクサした気持ちをなだらかにしてくれる大切な空間なのだなと改めて思う。

夕方は、同じ書く仕事をしている方と打ち合わせ。今まではあまり言えていなかった、書くということに対して不安に思うことや心配なことをポロポロと話し、近しい悩みや感覚を共有できたことで少し肩の荷が降りたような気がした。

あぁ、やっぱり話すって大事なことなのだな、当たり前のようだけれど改めて。

今日はうまく書く指が進まない。思考がとっちらからってまとまらないなという気持ちはありつつも、このnoteも最後まで書くことにしたい。

それは、気分や天候や体調がどうであれ、「書くことができる」という状態をもっと作っていきたいという想いがあるから。それはもちろん、お話を聞かせてくれた方々の想いを、しっかりと届けたいからというのもあるし、自分自身のためでもある。

文筆家・土門蘭さんのvoicyを聴き始めて、書き続ける習慣をつくるのにもやっぱり工夫が必要なのだなと強く感じた。

よい時もそうでない時も自然と書けるように、言葉がでやすい状態をつくっておくこと。下地をつくること。

一つのことをつづけていれば誰もが苦しいなと感じる時期はある。はじめたばかりの人にははじめた人なりの、経験を重ねた人には重ねた人なりの苦しさや大変さがある。

それでも練習を重ねて、できるだけよい状態で臨めるように…とそれぞれの工夫を重ねているように思う。もともと完璧を目指して足踏みしてしまう腰の重い私でも、できることはきっとある。鍛えることはできる。

だから、頑張りたい。

と、最後は決意表明のような日記になってしまった。日はまたいだけれど、まずは書ききったということでよしとしたい。

今日もお疲れさま。

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