『竜殺しのブリュンヒルド』ネタバレ考察【1】
こんにちは。しおりと申します。
今回は、第28回電撃小説大賞銀賞受賞作品『竜殺しのブリュンヒルド』の考察をしていきたいと思います。
こちらの記事はラノベ系YouTuber久利大也さん(@Kuri_Daiya_VT )の配信【『竜殺しのブリュンヒルド』ネタバレ感想会】にお招き頂いた際にお話しした内容を加筆修正したものです。配信では考察的な話だけでなく登場人物それぞれの感想も話していますし、久利さんの感想・考察も視聴できます。
『竜殺しのブリュンヒルド』を語りつくす!【ネタバレあり感想会】
『竜殺しのブリュンヒルド』は一巻完結の作品としても非常に完成度が高く、店舗特典SSなどで垣間見える後日談を読んでも、これ以上の結末はないだろうと思わせてくれる作品でした。
しかしながら、2022年11月に第二章として前日譚にあたる続巻『竜の姫ブリュンヒルド』が発売されます。こちらは『竜殺し』の700年前の話でまだ竜信仰が生きていた時代の物語のようです。
また、桐嶋たける先生によるコミカライズも開始しています。
この作品は前半では主人公のブリュンヒルドが幼く自分の状況を把握できていない上に、人間ではないエデンの竜視点での描写もあり情報が不足しています。中盤になってブリュンヒルド自身も自分の生い立ちを知っていき、終盤にザックスを介してブリュンヒルドとシグルズが自分達一族の秘密と使命を知っていく構造になっています。
その為、前半で出てきた内容の中には、終盤の新情報を含めて再検討することでその意味をガラリと変化させるものもあります。
そういった内容の中で、まずは主人公であるブリュンヒルド自身の謎について考察していきたいと思います。
ちなみに、文中の(p00)は書籍版の引用箇所のページ数です。
【1】ブリュンヒルド出生の謎について
この作品の発売前にあらすじと人物紹介を読んだところ「ブリュンヒルドとシグルズはシギベルトを父とする兄妹である」という人物関係が読み取れました。その為私は、作品を読む前から二人が同母兄妹(両親が同じ)なのか、異母兄妹(父のみ同じで母は別の人)なのかがとても気になっていました。
もし同母兄妹として失踪前に一緒に育ったのなら、ずっと行方不明だった妹との感動の再会になるでしょうが、人物紹介を読むとシグルズは「シギベルトの一人息子」とありますし、あらすじからもそんな心温まる雰囲気ではなさそうな気配が漂っていました。
互いを知らずに育った異母兄妹で、シグルズが正妻の子、ブリュンヒルドが愛人の子などであるならば、当然のことながらお互いにギスギスした複雑な関係にならざるを得ず、それなら事前情報の雰囲気とも合致するなとも思っていました。
さらに正妻と思われるシグルズの母親が生きていてブリュンヒルドと対面することになるのなら、急に現れた義理の娘との中々の泥沼展開になるな……という怖さもありました。
(今振り返るとまだ発売されていないにも関わらず、我ながら想像の飛躍が甚だしい……)
(1)ブリュンヒルドの母親について
発売後に本文を読んでみると、ブリュンヒルドの母については作中の記述が見られませんでした。主人公の母であるにも関わらず、不自然と言えば不自然。
シグルズの母については、シギベルト視点でシグルズの目を『死んだ母親に似た黒目がちの瞳』(p79)と記載している為、すでに死別しているようです。
では、ブリュンヒルドの母はシギベルトの後妻もしくは愛人なのでしょうか?
ジークフリート家は名門貴族であり、その当主の結婚となればそれ相応の段取りと時間が必要であると推測できます。シグルズとブリュンヒルドの年齢が一歳しか違わない為、妊娠期間も考慮に入れるとブリュンヒルドとその母が正式な後妻とその子供の可能性は低いと考えられます。
愛人の子という線は作中のシギベルトの堅物さと生真面目な性格を考えるとさらに有り得ないと思わざるを得ません。
名門貴族の娘の母でありながら、正式な妻でもなく、愛人でもない。13年ぶりに行方が判明した娘に会いに来るでもなく、周囲の人間が状況を伝えるでもなく、作中で全く触れられない主人公の母親。まるで最初から存在しなかったような扱いです。しかし、人の子であるなら遺伝上の両親が存在するはずですし、人工子宮が発明されてでもいない限りブリュンヒルドを産み落とした女性が存在するはずです。
では、本作の主人公ブリュンヒルドは誰から産まれ、どこで育ったのでしょうか?
(2)失踪前のブリュンヒルドの養育環境
冒頭の竜の島に来たばかりの3歳のブリュンヒルドの特徴や発言をまとめると以下のようになります。
・貴族が着るような上等なドレスを着ていた(p23.28)
・怖い人たちにさらわれた(p27)
・親の顔を知らない(p28)
・兄や姉と一緒に家庭教師に預けられている(p29)
・嫌がらせをされていたと思われる(p30)
明らかに通常の家庭環境と異なりますが、これだけでは情報が足りません。そこで、人の世界に戻った後の情報も追加してみます。
・シギベルトと初めて対面した際、彼を父親ではなく、「屋敷の大広間に飾られていた肖像画。数多いる子供の一人である自分では、一度だってお目にかかったことのない当主。」(p73)であると認識していた。
・シギベルトは当主でありながら自分の一族の娘が十三年前に誘拐されたことを知らなかった。(p74)
・父親であるシギベルト自身がブリュンヒルドという娘が自分に存在していたこと自体を知らなかった。(p74)
上記の記述と3歳の時にブリュンヒルドが竜に語った言葉である、
「お兄様は少しくらいはお父様に気にしてもらってるかもだけど。」(p29)
という発言を重ね合わせると、ブリュンヒルドのいた屋敷にはシギベルト以外の『お父様』が存在していたようです。
また、ブリュンヒルドがシグルズと初めて会ったのは16歳で人間の世界に戻ってきた時であり、シグルズ自身が「シギベルト・ジークフリートの一人息子」(p121)と名乗る描写もあることから、前述の「お兄様」はシグルズとは別人のことを指していると言えます。
以上のことから、失踪前のブリュンヒルドの養育環境は、
・ジークフリート家の一員として、貴族にふさわしい生活と教育を施されていた。
・ジークフリート家本家ではない屋敷で複数の子どもと共に養育されていた。
・両親に会った記憶がなく、誰が親かも知らず、面識もない。
・シギベルトという当主の存在と顔は知っていても、自分の父親であるとの認識はなかった。
・ブリュンヒルドという娘の存在を当主であり父親のシギベルトが認知していない。
明らかに通常の家庭環境ではありませんし、まともな親子関係、兄妹関係ではありません。
上記の内容をまとめると、
シギベルト・ジークフリートの公式的な家族構成では子どもはシグルズしかいないにも関わらず、別の屋敷では多数のジークフリート家の子どもが存在し、生活していた。ブリュンヒルドはその子ども達の中の一人だった……
ということが分かります。
大変不穏です。
(3)ブリュンヒルドの失踪について
ブリュンヒルドの失踪についても不審な点がいくつもあります。
名門貴族のご令嬢が何者かに連れ去られて行方不明になったのにも関わらず、当主であるシギベルトがその事件を知らずその子の名前も知らなかったということは、ジークフリート本家には犯人からの接触、例えば身代金の要求等が全くなかったということでしょう。
さらに、世間での認知度を考えてみます。
名門一族の3歳の子どもがもしも行方不明になったのなら、当時大きなニュースになっていたり、大々的に捜索隊が編成されていたりして、通常であれば世間の記憶や記録が残っていてもおかしくないはずです。
しかしながら、発見された後の新聞の見出しは「十三年前に失踪した令嬢、竜の島で見つかる」(p97)でした。
3歳の子供が自らの意思で姿を消すという意味での『失踪』をするはずはありません。誘拐か迷子などの事故で行方不明になったと考えられるのにどちらだったかも世間には知られていなかったから『失踪』という表記になったのではないでしょうか。
つまり、ブリュンヒルドは「怖い人たちにさらわれた」のに、その誘拐犯は大々的に身代金の要求もせずになぜか船に乗って竜の島へ行き玉砕。一方で家庭教師達は彼女の行方が分からなくなっても当主であり父親であるシギベルトに報告すらしなかった。
もしかしたら、誘拐犯は家庭教師達に身代金の要求をしたけれど、家庭教師達は無視したのかもしれません……
(4)手首の刺青について
十三年間行方不明になっていたブリュンヒルドですが、手首に刻まれた「刺青」によって名門ジークフリート家のシギベルトの娘であることが証明されます。この刺青は『ある貴族の紋章』(p67)とあり、それはジークフリート家の紋章であったと考えられます。
ここで一つ疑問なのは、「なぜ行方不明になっても身元確認をするのに都合の良い刺青が3歳の子供に刻まれていたのか?」ということです。
なお、同じジークフリート家の子供であるシグルズに関しては手首の刺青についての言及がない為、有無が確認できません。ジークフリート家では必ず行われる伝統なのかもしれませんが、他の登場人物にも刺青に関する記述は見当たらないことから、作中の社会一般でよくある慣習とも考えづらいです。
(5)ジークフリート家の血の改良研究について
物語の終盤にバルムンクの謎が明かされる中、ジークフリート家は血の改良を繰り返してきたことが明かされます。
『バルムンクを扱える人間を生み出そうと、何代も何代も血の改良研究を重ねたんだ。そして生み出されたのがジークフリート家の血族。」(p215)
ノーヴェルラント帝国では100年単位でバルムンクの研究を秘密裏に続けており、竜と竜の島に関するエデン研究者がいる(p65)ように、バルムンクを扱える人を生み出すための研究者と専用の研究機関が存在していると考えられます。
この研究機関を今後は仮に『バルムンク研究所』と記すことにします。
バルムンク研究所の目的が「ジークフリート家の血を改良する」ことだとするなら、そこで行われている研究は主に人体実験であり、体外受精を含めた遺伝子操作、交配実験を行う為の施設です。
そこには、ジークフリート家の血を引く実験体が複数存在していると考えられます。例えば、ブリュンヒルドが養育されていた屋敷のような……
その為私は、【バルムンク研究所=ブリュンヒルドがいた屋敷】ではないかと考えています。
そして、ブリュンヒルドの手首の刺青はこの研究所の実験体である印なのではないか。それは同じ刺青を持つシギベルト自身も研究所の出身であるという仮説に結び付きます。
さらにこの仮説を発展させれば、シグルズの母も研究施設出身であったとか、ブリュンヒルドは本来シグルズの花嫁候補として産み出されていた可能性も考えられます。
シギベルトがブリュンヒルドの「照会も済ませてある」(p74)と言っていることから、
・ジークフリート家の刺青を持つ者を網羅的に調べられる手段ないし組織がある。
・13年前のブリュンヒルドに関する資料が残されている。
という裏付けも出来ます。
ブリュンヒルドがバルムンク研究所の出身であり、そこの実験体であるとするならば、『親の顔を知らない。兄や姉と一緒に家庭教師に預けられている。嫌がらせをされていた。』(p28.29)という3歳のブリュンヒルドの発言とも辻褄が合います。
3歳の少女にとっての「嫌がらせ」とは子ども集団によくあるイジメなどではなく、苦痛を伴う人体実験であった可能性も考えられます。
ブリュンヒルドの母親について、誰も何も触れないのは、遺伝上の母と出産した女性が違っていたり、単に産む為の『道具』とみなされ重要視されていなかったりするからなのかもしれません……
ブリュンヒルドはシギベルトとの血縁関係は証明されていても数多くいた実験体のうちの一体でしかなかった。だから、エデンで発見されるまで父親であるはずのシギベルトも兄のシグルズもブリュンヒルドの存在自体を知らず、名門の令嬢が3歳で行方不明になったにも関わらず、ずっと捜索もされずにいたのだと考えられます。
また、ブリュンヒルドがバルムンクの力に耐える為の実験体であるならば、なぜ彼女が竜の血を受けても死なずに済んだのかにも一定の説得力を持ってきます。
神の力を受けても耐えられるように改造されてきた身体だったからこそ、同じように強大な竜の力を受けても奇跡的に耐えられたのではないか。
竜殺しの力故に竜の愛娘になり得たのならば、皮肉と言わざるを得ないのですが……
結論:ブリュンヒルドはバルムンク研究所の実験体の一人だった。
(6)終わりに
上記の仮説は単なる一読者の考えでしかありませんので、実際は間違っている可能性も当然あります。ですが、一冊の本、一人の主人公についてだけでもこれだけ色々と考えを巡らせることができるこの『竜殺しのブリュンヒルド』はとても奥深い作品であると改めて思いました。
他にもブリュンヒルドが船に乗っていた謎や作品全体での『母』の不在、ザックスの女性観についてなど考察していることはたくさんあるのですが、記事としてまとめるのに時間がかかる為、今回はこれまでとさせていただきます。
この作品の続巻であり700年前の物語である『竜の姫ブリュンヒルド』が発売されてその内容が分かれば、バルムンク研究所の成立なども明らかになるかもしれません。
ブリュンヒルドシリーズの新章も楽しんで読みたいと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。