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マララ・ユスフザイさんの言葉 ― わたしの転機をふりかえる #4

この連載では、私自身のライフキャリアストーリー(=人生の物語)を少しずつ綴っていきます。今日は、20代後半で大学院に進む決意をしたことと、その決断を後押ししてくれたある女性の言葉について書きたいと思います。

前回はこちら:

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リーマン・ショックに二度の失業、過労等による体調不良、そして社会をゆるがす大災害。

これらすべてを20代前半という若い時期に経験したことで、わたしの価値観は少しずつ変わっていきました。

同時に、将来に対して強い危機感を覚えるようになりました。ひたすら悩み、考えた末にたどり着いたのが、大学で学び直すという選択肢でした。

ふたたび学ぶことを考えたとき、胸をよぎったのが「教育」というテーマでした。

理由はいくつかありますが、ひとつは仕事上の自然な流れです。仕事でおもに教育関連の本を扱っていたこともあり、教育について学べば直接仕事に生かせるだろうと考えました。

ただ、教育に関心を持ったきっかけはそれだけではありませんでした。

もうひとつのきっかけは、当時の社会状況にありました。

その当時、中東地域でアラブの春が拡大し、各地で騒乱が起こっていました。多くの方々が難民となり、ヨーロッパへ移動していく様子が日本でも連日報道されていました。

それらの報道を目にしながら、私はまた複雑な思いにかられていました。

難民となった人々と、安全な日本に暮らしている自分とでは、状況はたしかに異なります。でも私のなかでは、どこか遠い世界の話とは思えずにいました。私自身、社会の混乱をきっかけに二度も職を失った傷から立ち直りきれていなかったのかもしれません。東日本大震災の衝撃も重なり、ずっと悶々とした気持ちで日々を過ごしていました。 

そんなある日、私にとって大きな転機となる出来事が起こりました。

2013年7月12日、国連本部においてひとりの少女が渾身の演説をしました。パキスタン出身の人権活動家、マララ・ユスフザイさんです。

「一人の子ども、一人の教師、一冊の本、そして一冊のペンがあれば、世界を変えられます。教育こそがただ一つの解決策です」

(One child, one teacher, one pen and one book can change the world. Education is the only solution. Education first.)

"Malala Yousafzai: 16th birthday speech at the United Nations" より一部抜粋

これが、その日に16歳の誕生日を迎えたばかりの少女の総身の訴えでした。

華奢な体から絞り出される全身全霊の言葉を聴き、当時27歳だったわたしは魂を打たれたような衝撃を受けました。そして、それまで心の中でもやもやと複雑に絡み合っていた糸が、ぴんと一つに張った気がしました。 

教育こそが、ただ一つの解決策。

その言葉が心の中でこだましました。

人が生きていくためには、衣・食・住の3つが最低限欠かせないといいます。でもその3つが揃ったところで、現代の社会で生きていくために果たして十分と言えるのだろうかーー。むしろ、社会が混乱しているときはそれらを維持することすら大変なことです。人々が衣・食・住を維持し、安全で健康に暮らしていくためには、まだ足りないものがある。そう、学びの力こそが必要だ――。

「教育について学ぼう」。

こうして私の決心は固まりました。

つぎは、そんな思いから大学院に入り、社会人学生として歩みはじめた日々を振り返りたいと思います。


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