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昆明の宿の片隅で、最高のパーティを ―中国・雲南省 母子3人紀行 #6

このエッセイは、夏休みに親子3人で中国・雲南省を旅したときの思い出をつづったものです。11日間連続で公開しています。

雲南旅行、5日目。
麗江で過ごす最後の日、少し遠くへ足を延ばしてみることにした。

行き先は旧市街の北に位置する「束河古鎮」。ナシ族の古くからの定住地で、麗江旧市街の一部として世界遺産にも登録されている。古代には、雲南とチベットを結ぶ茶の交易路において宿場町としても栄えたらしい。

宿からタクシーで15分ほど行くと、集落の門構えが見えてきた。門をくぐると、華やかで繊細なナシ族の伝統建築が石畳沿いに続いている。麗江の旧市街よりこぢんまりとしていて、小雨のためか人通りも少なく、どこかシックな雰囲気のただよう古鎮だった。

ぶらぶら歩いていると、雨脚がだんだん強まってきた。近くにあった郷土料理のレストランに入り、朝食をとることにした。注文したのは雲南名物の米線と、冷粉という麺料理。民族衣装を着た店の人が、みずから調理して運んでくださった。親子で食べながらしばらく雨宿りをしたが、雨脚は強まる一方だった。

納西冷粉

散策はあきらめ、計画を変えて早めに麗江駅へ移動することにした。今日のミッションは、息子たちと3時間半の鉄道旅を乗り越え、昆明に無事帰り着くこと。往路のときと同じく、おもちゃとお菓子の準備だけはぬかりなくしておいた。あとは息子たちが居眠りをしてくれれば何とかなるはず……という考えが甘かった。

往路のときとは打って変わり、厳しい道中となった。高速鉄道の旅も2度目となり、次男の気が大きくなったのか、やたらとやんちゃをしはじめた。隣席の兄にちょっかいをかけたり、座席で立ち上がったり……。極めつけには、兄が大切にしている小さなカエルのぬいぐるみを、なんと後ろの席にむけて放り投げてしまった。金曜の午後便、しかも夏休みの旅行シーズン。後ろの席ももちろん人で埋まっている。

まずはとにかく乗客の方に平謝りし、ぬいぐるみをすばやく回収しようとした。しかし運の悪いことに、座席の下にでも潜り込んだのか目視では確認できない。こんなことで移動していただくわけにもいかないので、後ろの人には「昆明駅で下車されてから引き取りますのでそのままでお過ごしください」と伝え、一旦仕切り直すことにした。涙目になっている長男には「大丈夫、お母さんが絶対に救い出してあげるから」と根拠のない約束をし、急ぎ次男を抱えてすぐそこのデッキまで移動した。

ここで次男に滔々と注意を浴びせようとしたものの、私のほうも気力が尽きかけていた。やっぱり、親子3人で旅行なんて無謀だったか……。そのとき、車両内の電光掲示板が目に入った。そこには「終点駅:昆明南」と表示されていた。

待って。

昆明、「南」……?

そこで、衝撃の事実に気がついた。私たちが下車する「昆明駅」は、終点ではなくただの通過駅だったのだ。

……ということはだ、電車が停車しているわずかな間にぬいぐるみを回収し、子どもたちと荷物を引き連れて下車しなければならないということだ。後ろの乗客は昆明駅で降りるだろうか? もし降りなかったら……? 暗澹たる思いであらゆるシナリオを思い浮かべ、あれこれと脳内シミュレーションをしながら長い一時間を過ごした。

電車はようやく昆明駅に到着した。幸い後ろの座席の人々はみな席を立った。急いで現場へ向かい、無人となった座席の下を見回した。しかし問題のぬいぐるみは見当たらない。焦る気持ちを抑え、さらに奥まで見回すと、車両の隅っこのほうに見慣れた緑色の影が小さく横たわっていた。

(あった……!)

急いで駆け寄り、ぬいぐるみを救出した。同時に荷物をガサガサとまとめ、息子たちの手をひき、雪崩のようにドタドタと下車した。数分後、ドアが閉まり、電車はふたたび発車した。

呆然としながら息子たちを引き連れ、改札を通過した。時刻は夜7時を過ぎていた。もはや外食する気力も残っていなかった。駅前のコンビニで日本風のおにぎりと惣菜を買い、タクシーに乗り込んだ。
 
そうしてようやく昆明の宿に帰り着いた。息子たちを順番に風呂に入れたあと、コンビニで買った夕食をテーブルにならべ、好きに食べるように伝えた。そしてひとりシャワールームにこもり、我に返ったところで自責の念がこみあげてきた。やっぱり無謀なことをしてしまった。悪いのは次男じゃない、私のほうだ……。あれこれ反省しつつ、機械的にシャワーを済ませ、部屋に戻った。
 
部屋では息子たちがのんきに騒ぎながらおにぎりを頬張っていた。長男がこちらを振り返り、ふいに言った。
 
「ねぇお母さん、僕このパーティ好きだよ」
 
いったい何のことかとテーブルを見れば、コンビニで買った夕食と飲み物がそのまま並べてあるだけだった。それでも長男にとっては、それがなにか特別なパーティかのように映っているらしかった。おいでおいで、と促されるままテーブルにつき、おにぎりをひとつ手に取った。
 
「ね? 世界で一番のパーティ」
 
そこまで言われると、そんな気がしてこないでもなかった。昆明の宿の片隅で、薄暗い照明のなか、コンビニおにぎりとサンドイッチと飲み物だけのパーティ。でも親子が一緒なら、それが世界一のパーティになる。最高に楽しくて、愉快な……。そんなことを、5歳の息子に教わった


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