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【SS】プレイ・ウィズ・ライフ(1441文字)
「皐月、飯いこやあ」
聞き慣れた加藤の声が後ろから飛んできた。
きたきた、と皐月は思う。
浮足立っているのがばれないように、少し低めの声を意識して答える。
「加藤さん、ほんとに私のこと好きですね。しゃーなしですよ」
基本は丁寧に、たまに少し生意気なくらいが可愛がられたりする。そういう力加減を掴むのは昔から得意だったし、今もお世話になっている能力だ。
「何言ってんだオメー」
加藤が皐月の頭を小突く。
言葉とは裏腹に、皐月の生意気な返答がまんざらでもないことが伝わる。
「うわ、セクハラだ」
加藤に触れられた部分のぬくもりを確かめるかのように、小突かれた頭を押さえて、顔をしかめて見せる。
オフィスという場で、撫でるはアウト。小突くは人によってはセーフ。加藤さんなら万々歳、なんて考えながら、エレベーターまでの道のりを並んで歩く。
お昼どきは、40階建てのオフィスビルに詰められた社員が一斉に食堂に向かう。そのため、エレベーターはなかなか来ない。やっと来たエレベーターも既に満員であることが多い。
今日は幸運にも、ふたりが乗り込めるだけのスペースが空いていた。
ぎゅうぎゅうのエレベーターに乗り込みながら、皐月はラッキー、と胸を弾ませる。限定100食の健康定食が売り切れる前に食堂にたどり着けそうなことに対して。加藤と合法的に肩を触れ合わせられる、満員のエレベーターに乗り込めることに対して。90%は、後者に対して。
耳の後ろにつけているからだろうか、左横に立つ加藤から、いつもより強く香水が香る。シャネルのアリュール・オム。加藤の匂いがたまらなく好きで、以前香水の名前を聞いた。皐月はいつも加藤の香りを褒める。50%はその香りが好きだから。50%は褒められて嬉しそうな加藤を見るのが好きだから。
加藤の肩に糸くずが付いている。手を伸ばして糸くずをつまむ。触れられたのを感じて、加藤が皐月を見る。指を放して糸くずを地面に落とす。すべては無言で行われる。その数秒間のふたりは先輩と後輩ではなく、男と女だ。
エレベーターに乗っている女性社員は皆、この一連の流れを見て「この子、オンナやってるなあ」と思っている。真偽はどうであれ、そうだろうと皐月は思っている。あえて見せつけているのだ。灰色の建物に朝から晩まで閉じ込められて、建物と同じ色の目をした女たちに背中で問いかける。
(人生、楽しんでる?)
皐月は遊んでいる。いま、女という遊びをしている。
大好きだった公園の遊具で遊ぶことはもうできなくなった。
あの原色の、チカチカと眩しい滑り台やトンネルに無性に惹きつけられる。
ハイヒールを脱ぎ捨てて、パンツが見えるのだって構わずに遊具に登りたい。滑りたい。ぶら下がりたい。くぐりたい。
その欲求の捌け口をやっと見つけたのだ。
結婚しても、子供ができても、孫ができても、きっと皐月は女でいることを辞められない。
(こんなに楽しい一生モノの遊び、ほかにはないでしょう?)
食堂があるフロアに到着した。
女たちを振り返ることなく、エレベーターを降りる。
「今日はお高めの肉の気分ですね。ごちそうになります」
「おい、誰がおごるって言った?」
そう言いながらも、加藤の手はポケットの財布に伸びている。
皐月の分を支払わなかったことはない。
「お肉~♪」
遊具を見つけた子供のごとく駆け出す皐月。
振り向かなくても、加藤が自分を見て微笑んでいることが分かる。
(ああ、最高に楽しい)
食べて、遊んで、エネルギーを補充する。
そうしてまた、生きるために働くのだ。
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