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【SS】畳の上のコンドーム(1309文字)
和室にベッド。
畳の上のコンドーム。の袋。
まったく調和がとれてないのに、それらは不思議とそこにあることが正しいみたいな顔してる。
カッチンの横にいるあたしみたい。
「ちょっと、着けてよ」
「言われると思った」
「子供できたらどーすんの」
毎回交わす会話は同じだ。
カッチンは絶対最後には着けてくれるけど、あたしにこう言われるのが好きでわざとやってるみたい。あたしも嫌いじゃない。カッチンとあたしだけの、阿吽の呼吸って感じがするから。
ピルを飲んでいるから子供ができることは多分ない。けど、あたしはちゃんとした大人みたいに、着けなきゃだめだよって言う。
でも、実際のあたしたちはまだ、大人になんてなれてない。カッチンは知らないけど、少なくとも、あたしは。あたしは馬鹿だけど、まだ自分が親になったらダメだってことは分かってる。
カッチンは来週には徳島県に行っちゃう。メーカーの営業だから全国どこにでも行く可能性はあるって、ずっと前に言ってた。あたしは、ふーんって聞いてたけど、先々週かな、カッチンから異動の話を聞いたとき、自分が思ったよりショックを受けていることに気がついた。
カッチンはあたしのぷにぷにのお腹をつまんで、「ほっそ」とか言う。その優しさが嬉しくて、あたしも「カッチンのが一番気持ちいい」とか言ってあげる。
そしたら嬉しそうに「誰と比べて?」って聞いてくるから、「世界中のおとこ!」って、百戦錬磨みたいな顔して言う。
こういうの、リップ・サービスって言うのかな。嘘つきって言うのかな。どっちか分かんないけど「そこに愛はあるんか?」って聞かれたら、迷いなく「ある!」って答えられるから、あたしはきっと、間違ってないと思う。
カッチンの体温はあたしのより高くて、温かい身体に包まれていると、すべてから守られていた子供時代を思い出す。あたしはまだ大人になんてなれないけど、大人にならなくちゃいけない年齢で。
カッチンとふたりで子供に戻って、オトナノアソビだね、なんて言い合うの、楽しかったな。
もう今日で、カッチンとは会えなくなる。
日本にいるんだから、会おうと思えば会えるんだけど、県を越えてまで会いに行くような関係性では、ないよなあ。
「徳島に行っても避妊はしなきゃだめだよ」
そう最後に言って、カッチンの家を出た。
7時52分発の電車には、ビシッとスーツを着こなしたオジサンたちと、昨日の服のまんまのあたしがいる。なんだか不思議だ。
大人の代表格みたいなオジサンたちを見ていると、あたしもそろそろ大人にならなきゃって思う。けど、あんな灰色の目をするようになるのかって思うと、このままでいたい気もする。
カッチンとの別れは、あたしをちゃんとした大人にしてくれるだろうか。
うーん、多分何も変わらない。そう簡単に変わってたまるかって思いも、あるんだ。
カッチンが徳島でも、子供みたいな顔で笑ってたらいいなあ、なんて考えてたら、会社の最寄り駅に着いていた。
なんちゃらハラスメントが厳しくなってるから、昨日と同じ服を着ていても、何かを言ってくるひとはいない。
だけど、もし聞かれたら、だよ。
「さっきまでカッチンと会ってました!」って、とびきりの笑顔で言ってやるんだ。
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